たった一度のモテ期なら。
「怒るなよ。冗談の通じないやつだな」

声色を戻した色男が楽しげに笑う。

「怒ってませんけど、それでなんか頼めると思ってるなら相当甘いんじゃないですか」

「来週って言ってた商談、明後日なら時間作れるって先方から」

急に真面目な顔に戻った富樫課長が言う。

「明後日の?」

「午前10時」

明日はほぼ一日中外に出ている予定だ。だったら作業時間は今しかないと、そういうことか。

「わかりました。すぐ戻るんでそれから詰めていいですか?」

「悪いな。影森さんに謝っといてな」

片手をあげ調子よく告げるこの人に、結局俺はいつも従うことになる。

本社に戻っても強引に課長の椅子に座った俺の上司は、女癖の悪さを除けば仕事も人間関係もまともだ。

ただどういうわけか今も丸野綾香との連絡ラインがあるらしく、俺が奈緒にカズくんと呼ばれてると聞きつけて以来たまにこうやって絡んでくる。

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