たった一度のモテ期なら。


直属の上司に笑顔で手招きされた時にはろくなことがない。いろいろ鈍い私でも、3年も経てばそれくらいは覚える。

逃げ方がわかるに至ってないので、覚えたって特に役にも立たないんだけど。


にこにことした経理課長によれば、グループ本社絡みのプロジェクトメンバーに私が抜擢されたそうだ。

経費処理は私の担当だから、抜擢というか担当になるのはしかたない。

でも決算近いのに、なんでそんなプロジェクトが今から立ち上がるんですか、と文句のひとつは言いたい。

「富樫課長のご指名なんだよ。グループ本社に時々顔出してくる程度の形だけだろうから。お茶ぐらい飲んできてくれて構わないから」

経理課長は今日ものんびりとことなかれ主義だ。

「毎月の締め頑張ってるから、期末だからって焦ることもないでしょう。影森ちゃんはしっかりしてるから」

とってつけたようなお世辞を受け取って、ため息をついた。







都心のビル群の中でも一際背の高いビルにある本社は、我らが子会社とは風格が違う。

エントランスの全面ガラスドアに近づく前に、立ち止まって空を見上げてしまった。ビルしか見えない。都会だなぁ。



うちは小さくてこじんまりした職場環境でありながら、企業グループとしては安定しているのがいいところと私は思ってる。まぁ保守的っていうかことなかれ主義ではあるんだけど。

吹き抜けの1Fロビーでも上を見上げてそんなことを思っていたら、「そんなに珍しい?」と隣の長身に指摘されて慌てて姿勢を正した。

「大企業なんだなぁって改めて思って。富樫課長は、ずっとこちらだったんですか?」

「まあいろいろと。子会社出向は初めてだけどね」

「でも今回はなんで経理のプロジェクトに関わってるんですか?」

「君と話してみたかったから」

何の気なしに聞いた質問へ、気負いなくさらりと答えが来た。

びっくりしてまた間抜けに口が空いてしまったのを真顔に戻す。

部長クラスのおじさんだって言いかねない弁舌なのに、イケメンに言われるとさすがに破壊力が違って驚いてしまう。
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