たった一度のモテ期なら。


上層階の広々とした会議室での説明会に参加して、プロジェクトの趣旨やスケジュールを聞く。

経費申請における添付書類が紙ではなくデータでよくなるそうで、実務的に運用可能か幾つかの拠点でテストするという話だった。

確かにこれなら、何度か顔を出して言われた通り協力すれば良さそうだ。それにしても聞けば聞くほど、営業課長が出向く要件には思えない。



担当窓口になると名刺をくれた女性にこそっと聞いてみる。

「富樫課長って本社からの出向だから関わってらっしゃるんですか? 経理ご経験されてるとか?」

「このプロジェクトね、経理だけじゃなくてグループ内業務の標準化のために動いている施策の一つなの」

大きな仕事の一部だってことはわかるけど、やはり富樫課長との関係がわからずに首を傾げる。

やっぱり知らないのか、言っちゃってもいいかな、とつぶやいてから彼女は付け足して情報をくれた。

「あの方ってね、社長の親族なの。いわゆる御曹司。跡取りではないけれど、結構発言力がある派閥の一部」

「……御曹司ですか」

「そう。知ってる人は知ってる程度の情報だから、そちらの社内で話してないなら黙ってたほうがいいかも。社内政治で外に飛ばされてるって噂もあるし」

御曹司という言葉が当てはまる人を初めて見た。

遠くで本社の方々とお話ししている姿を見て、言われてみるとそんな感じだと頷ける。おじ様達相手に、ポケットに手を入れて気楽に笑って話をしている。

「あともう1つ、女性絡みでトラブル起こしてお仕置きのためって説もあるから。そっちの方は気をつけて」

確かにそれもありうるなって納得される人だと思った。綾香にくらいは言ってみようかと思って、でも確信もない噂なんて意味ないかって打ち消した。

< 25 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop