たった一度のモテ期なら。
避けていることにさすがに気づかれていたのか、最後は西山に捕まった。

「影森、ちょっといい?」

二課の営業さんたちとの話に区切りがついて廊下に出たところで声を掛けられ、人気のない打ち合わせスペースまで無言で一緒に歩いて行った。

「こないだ、ごめん」

そう切り出されて、持っていた書類をまた腕に抱く。結局『ごめん』なんだと最終通告される痛みが走った。

そうか。私はたぶん、この痛みから逃げ回っていたんだ。

あのキスは『間違い』で、西山は私に謝って許してもらおうとしている。彼らしくない行為を、彼らしい正しさで。

「言い訳しようがないけど」と話出された瞬間に、耐えられなくて口を挟んだ。

「ああいうこと言われるの私も悪いんだと思うし、でもあまり考えたくないから忘れることにしたの。だから、西山も全部なかったことにしていいから」

「……その方がいいって言うなら。でも」

「忘れて。私もそうするから」

「わかった」

顔は見られなかったからわからない。きっと罪悪感とホッとした気持ちが混ざった顔をしていたんだろう。西山から返ってきたのはそういう声だった。

「社内で恋愛する気なんかないから、安心して。傷ついたりしないから」

それだけは言っておかなくちゃと思った。西山に何かを期待してなんかいない。はずみでキスされたくらいどうってことない。こんなことで私は傷ついたりしないから、気にしないでいい。

今まで通りの同期のままでいられたらそれでいい。

私の気持ちにもし気づいても、気づかないふりをして。困って慌てて彼女を作られたりしたら、その方がずっと傷つくから。

< 53 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop