たった一度のモテ期なら。
「富樫課長だったら社外でいくらでもチャンスがありそうですけど」

「うん、でもまあ、かわいい子見ると口説きたくなるでしょ。仕事の息抜きというか、コーヒーがわりというか」

イタリア人じゃなかった、カフェイン中毒だ。コーヒーがわりってすごい恋愛観だなぁ。

「そこで笑うのか。睨まれたりするんだけどな、君みたいな真面目そうな子には」

「私もそんな風に気楽な恋愛したかったです」

「今からでも、どう?」

ニッコリとどこまでも悪気がないその様子に、向いてなさそうですと丁重にお断りして、ふと気づく。

『西山と揉めてるみたいだし』ってさっき言った? なんでそんな。

「なに?」

「揉めてるみたいって、言いました?」

「青春ごっこ?お互いに意地になってるみたいな? 勝手にやってろよって言いたくなるね、バカバカしくて」

富樫課長は外国人のようにわざとらしく首を振る。なんとなくぎこちない感じがするってことなんだろう。



「社内が嫌だとかくだらないこと言われてるんだったら俺について本社に来る? そろそろほとぼり冷めそうだからアシスタントにしてあげるよ。彼氏持ちで堅い子だったら上も嫌がらないから、俺たちWin-Winじゃない?」

親切そうな笑顔で、想像したこともないような誘いを受けた。富樫課長のアシスタント?

「これは今までより真面目な話。考えといてよ」

ゆったりと自信ありげに、強い視線でそう付け加えた。仕事ができる、そういう評判を得ているときはこちらの顔つきでいるのだろう。

この人について行ったら私でも少し何かができるんだろうか。一瞬そんなことを考えてしまう確かな目ヂカラだった。

転職なんて考えたこともないけれど、西山とも同期とも離れてみる道という新しい可能性にぼんやりと想いを馳せた。



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