The after story【1】 - 魔王に恋した勇者のお話 -
侵入者
 軽快なリュートの音色に店員の声が重なる。
「お待ちどおさま! 熱いから、気をつけてくださいね」
てきぱきとテーブルに並べられていく皿の上では、肉の脂がパチパチと弾けていた。
「待ってました!」
 洗練された文化を持つここ王都でも、この辺りの店の料理は豪快そのものだ。
「うまそうだな…俺はこの季節のシカが一番好きなんだ!」
「おい、早く取り分けろ」
 時計の針はもうすぐ頂点で重なろうとしている。
 夜が深まっても、町の酒屋から活気が失われることはない。
「【竜の杯新聞】、連載小説が三期目だな」
「そうそう。一期から読んでるからさ、なんかもう感慨深くて」
「済みません、三〇分前に注文したシカがまだ来ないんですけど…」
「あれ、これ向こうの?」
「いいよ、もう手を付けちまったよ」
 店の中はお客で満杯、テーブルは外の通りにまで広げられている。
 降るような満天の星空の下で、人々は陽気な笑い声を立てていた。

 『人間』たちと戦った先の統一戦争が終わってから、もうすぐ八十年が経とうとしていた。
 街並みは美しく、人々は皆健康そうで、今や戦火の名残を見ることはない。
 こうして、一日の終わりを満ち足りた気持ちで迎えられるのも―――
「魔王陛下に栄光あれ!」
「我らが陛下に乾杯!!」
 すべては偉大なる父、魔王陛下あってのことだ。
 かちんと杯を打ち合わせた男たちは一気に飲み干すと、なにも言わずに同じ方向に目を向けた。
「…」
 人混みを抜け、酒屋を抜け、夜でも眠らない市街を抜け、少しの間、男たちは聖地に思いをはせる。
 町の皆が暮らす中心地から離れること北に数キロ。一年中、雪が溶けることのない険しい山々の手前にその城はあった。
 真っ直ぐに天を指す尖塔に、伏せた椀型の屋根、大小の建物の間を巡る空中回廊は複雑でいて実に美しいものだ。
 大きさたるや、真下から見上げると首が痛くなり、左右に目をやっても端まで見えないほどである。
 まさに堂々。圧倒的な存在感だった。
 そんな巨大な城も今はひっそりとした夜の静寂に包まれている。
 月と星だけが瞬く優しい闇の中―――主居館の外壁に動く影があった。
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