The after story【1】 - 魔王に恋した勇者のお話 -
エピローグ
 後ろ手でリボンを結んでから、勇者は姿見の前で腰をひねる。
 大丈夫そうだ。
「…なにやってるんだろ、私」
 朝の魔王城は深い霧に覆われていた。
 窓の外では小鳥たちに混じって、時折、鳥には見えない大きな影も飛び回っている。
 ぎゃあぎゃあという声を聞きながら、勇者はお仕着せのエプロンを整える。
『ちょうど先日、メイドの一人が結婚するからと里に帰っての。若いお嬢さんなら、行儀見習いというのもいいかもしれんよ』
 昨夜の陛下の言葉がよみがえる。
 本当に、なにを考えているのか分からない男だ。
「従っちゃう私もどうかしてるけど…」
 昨日からずっと、現実味がない。
 なにせ、幼いころから村の大人たちに散々言い含められてきた冷血非道な悪の権化が、あのような線の細い麗人だったのだ…。
 からかうような金の眼差しと形のいい唇を思い出して、勇者は顔を赤くした。
「…なによ…、ちょっと、その、綺麗だからって。人を馬鹿にして…」
 その上、身勝手で―――
 手ぐしで髪をとかしていた勇者の動きが、ふと止まる。
『言い訳はしない。僕は悪い奴だ』
 本当に悪い者がそんなふうに言うだろうか。
 それとも、自分は浅はかで単純だから、そう感じるのだろうか。
「あいつ―――」
 彼の疲れたような笑みが頭をよぎる。
「なんで世界征服なんてしたんだろう…」
 乱暴に部屋の扉が叩かれたのは、そのときだった。
「勇者さん! 起きていましょうね!」
 トゲトゲとした気持ちを隠そうともしない、年配の女性の声だ。
「三分の遅刻です! 間もなく陛下が食堂にいらっしゃいますよ」
「あっ、はい…!」
「まったく、これだから『人間』の娘などというものは…」
 うんざりとしたため息が聞こえてくる。
 覚えのない声だったが、この手の女性を怒らせると面倒になるのは『人間』も魔族も変わりあるまい。
「聞いていますか、勇者さん」
「はいっ」
 反射的に背筋を伸ばすと、勇者は慌てて扉に駆け寄った。
「今行きます…!」

- fin -

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