寵愛命令~強引社長はウブな秘書を所望する~
未来への期待
寺内さんの運転する車がクリスタルビルの前につけられると、降りる直前にされた不意打ちのキスに私がボーっとしている間に、風見さんは開けられたドアから颯爽と降り立った。
どれだけ甘い時間を過ごそうが、風見さんは仕事となればすぐに気持ちも表情も入れ替える。
私はそのスイッチをなかなか上手に使えず、「どうかされましたか?」と寺内さんに車内を覗き込まれ、狼狽しながら降りるという無様な姿をさらしてしまった。
午前十時のお客様は取引先の銀行だった。
ノックをして入った社長室では、風見さんがお客様と静かに書類を突き合わせている。
彼の横顔を見ただけで、すぐに乱れてしまう私の鼓動。
オンオフの切り替えが風見さんのようにはできなくて、自分はまだまだ未熟だと思わざるを得ない。
仕事に集中しよう。
喝を入れ直し、邪魔しないようそっと茶たくを置こうとしたときだった。
妙な緊張のせいか手が滑ってお茶をこぼし、大事な書類をビチョビチョにしてしまった。
「――申し訳ございません!」
拭えるものを持っておらず、慌てて別室から布巾を取って戻ると、風見さんがティッシュペーパーですでに拭いたあとだった。