寵愛命令~強引社長はウブな秘書を所望する~
それは確かに幸運だ。
空きが出れば即埋まるアパートなのだ。その部屋が二ヶ月半も空き部屋だなんて。
「はい、これがカギね」
いったん家の奥へと引っ込んだ大家さんは、私がキーホルダーを付けっぱなしにして返したカギを持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
私は荷物を両脇にいったん置き、それを両手で丁寧に受け取った。
しかも私が困っていることを察して、布団まで貸してくれると言う。
その上、それを車に積み込み、私をアパートまで送り届けてくれるとまで。
すぐに向かった元・私の部屋は、なにも変わらずにそこにあった。
ベッドや家電を処分してしまったから、なにもないがらんどうの部屋だ。
大家さんがすぐに電気と水道が使えるように業者に連絡もしてくれたから、布団さえあればひとまず暮らせる。
雑巾で畳を乾拭きして布団を敷いたところで、私のスマホが軽快な音を立てて着信を知らせた。
一瞬、理玖さんかと思ったけれど、それは沙智さんからの電話だった。
『退職届を出したってどういうこと?』