寵愛命令~強引社長はウブな秘書を所望する~

おっかなびっくり観察すると、その人の髪が濡れていないことに気づいた。
不思議に思ってドアから外を見てみれば、なんとあれほど降っていた雨が止んでいる。

私が帰った途端に雨が上がるなんて……。

恨めし気に星空を睨んだところで、冷たく澄んだ空気に鼻を刺激されてくしゃみが出ただけだった。

再び男の人に目を戻してみれば、黒いスーツを着ていてサラリーマン風に見える。

……こんな人、ここの住人にいたかな?

ここは、ほとんどがフリーターか夜の仕事をしている人ばかり。
一見して上質なスーツだとわかる格好の人が、こんなアパートに住むはずもない。

ということは、訪問する部屋を間違えたのかも。

少し顔を近づけてみたら、薄っすらとアルコールの匂いがした。
酔っ払って勘違いした可能性が高い。

警察に電話したほうがいいのかな。

一瞬過った考えは、すぐに私の頭から消した。警察といえば悪い思い出しかないのだ。

あれは電車で痴漢に遭遇したときのこと。
周りにいた乗客が取り押さえてくれたものの、警察では『あなたにも隙があったんじゃないですか』とひどいことを言われたのだ。

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