魚のまね
ちらりと彼を見る。


大学の頃から比べると社会人らしくなったというか、大人の雰囲気をまとうようになったと思う。


彼のことなど眼中にない自分からもかっこいいと思う和風の顔立ち。


高校まで剣道をやっていたらしく、背が高く細身だがすっと伸びた姿勢は、いつのまにかスーツを違和感なく着こなすようになった。辛辣なことをさらりという性格は社会人になってもあまり変わっていないが、そこは仕事ではうまくやっているらしい。


このあいだ平社員から主任に昇格し、大学時代の友人達と一緒に居酒屋で祝杯をあげたばかりだ。社会の中で、自分の居場所を着実に作って行っている。ふと、学生の頃の自分たちを思い出す。あの頃は、同じラインに立っていたはずなのに。


(もしかしたら、わたしは誰かにはっきりともう諦めろと背中を押してくれるのを望んでるのかもしれない)


とふと思う。自分で自分の道を自由に決めてきたのだから、こんな時だけ誰かに自分の道を決めてもらおうなんて甘えた考えだ。


(ほんとに馬鹿だな……)


そう思うと自嘲の笑みが漏れた。


つけられたテレビでは『動物園でこの春産まれた赤ちゃん特集』をやっていた。彼はその風貌や性格に似合わず動物番組が好きだ。


「で、本当は何してたの?」


テレビの画面を観ながら、さりげなく訊ねられた。


「……だから、魚の真似」

「それはもういいから。まあ言いたくないならこれ以上聞かないけどさあ」


何かあったら言えよ、と。思いがけず優しくそう言われて、思わず俯いた。



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