カフェの人々
その日から男は毎朝カフェにやって来た。
眼鏡男の定位置はトイレ近くの隅の席になった。
静かで平和な朝のひとときが少しづつねじれ始める。
細かい霧のような雨の次の日はなぶるように激しい雨で、翌朝はうって変わって優しい雨が降る。
その日の雨は強い風に流されるように降っていた。
きっかけは、そう、みんながいっせいに顔を上げ、入り口のドアの方を見たのだ。
「はっ、誠に申し訳ございません。今すぐ参りますので」
男は誰もいない目の前の椅子に向かってペコペコ頭を下げる。
電話を切り乱暴にパソコンを鞄にしまうと急いで店を出て行った。
開いたガラスの自動ドアから雨を乗せた風が入り込んでくる。
返却口に戻されずテーブルに残されたままのトレイの上のレシートが風で床に落ちた。
落ちたレシートを拾ったのはバイトの大学生ではなくつき添いの妻だった。