カフェの人々
医者は仙人のような老人だった。
数えられそうなほどしか残っていない白くなった髪に、カルテを書く青い血管が浮き出た手は震えていた。
こっそりのぞき込むとミミズがはったような文字はなんて書いているのか全く読めなかった。
前の二人の医者と同じように睡眠薬を処方してくれた。
何度目かに薬をもらいに行ったとき、診察室を出ようとする僕の背中に医者がぽつりと言った。
「来る場所を間違えてはないですか」
ふり返ると丸まった背中でカルテを書いている。
「どういうことですか?」
その横顔に問いかける。
「あなたの心を救うのは医者でも薬でもない。それはあなた自身が一番よく分かっているはずですよ」
僕が黙っていると医者は「薬が欲しければいつでもあげますから」と言った。
それは「もう行ってください」とも聞こえ、僕は診察室の扉を閉めた。
クリニックの外に出ると細い雨が降っていて、赤い傘をさした彼女が立っていた。
「どうしてずっと私に黙っていたの」
その目はただ哀しそうだった。