君は今日も傘をささない。
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陽は落ちた。
しかし、街にはまだ太陽のぬくもりが感じられる。東からゆっくり染まっていく暗闇から逃げる様に、帰宅を急ぐ昼の住人たち。徐々にやってくる冷たい空気と共に夜の住人達も活動を始める。その二種類の人間が一時的に混ざり合うこの時間。
人が増えると同時に街の音も大きくなる。この雑音の中で自分の声がどれくらい届くのか試してみたくて「あ」と発してみた。
「山崎、どうかした?」
街に溶け込みすぎて、隣の仕事仲間の存在を忘れていた。
「や、なんでもない。」
「てか、そろそろおなかすかない?」
さっきとはまた別の問いを投げかける隣の彼にそやなと答えれば、いつものように食事に誘われる。
「あそこの本屋の裏に新しい店できたらしいんだけど、行かない?」
僕よりもスタイリッシュで背が高く(たった1センチの差だけど)、見た目も都会人な彼が子犬のような笑顔で僕の返事を待っている。
「まぁ、まだ時間も早いし行くか。」
「よっしゃ!久々じゃない?一緒に飯食うの。」
まるで、遊園地に連れて行ってもらう子供のようにわくわくした表情で一歩前を歩いていく彼。
「何ニヤニヤしてんねん。」
嬉しそうに歩いていく彼につられてこっちも表情が緩くなる。
「だって絶対断られると思ったし。」
「帰りに本屋寄ろうと思ってたから、ついでに付き合うわ。」
そんな俺の言葉に勢いよく振り返って本のついでかよと不満そうな声を漏らす。
この街にきて、もうすぐで4年目を迎える。
大きな夢を持って上京したこの街で、少しづつ目標も達成してきた。
小さな劇団ではあるが、役者としてこの3年でいろんな舞台を経験させてもらったし、さらにやってみたいことも増えた。そして、隣にいる彼のような素敵な仲間にも出会えた。
今までの生き方は間違っていなかったと思えるくらい、今の自分の生き方に自信を持っていた。
「あ、そうだ。他のみんなも呼ぼうよ。せっかく山崎いるんだし。」
また子供みたいに目を輝かせて仲間を呼ぼうと提案してくる彼はスマホを取り出して、みんなに連絡を取り始めた。
『山崎いるなら行くー。』
『みっちーとご飯久しぶりかも!』
「どんだけ俺に会いたいねん!」
グループトーク画面にうつる文字につっこみを入れれば、お前がいつもすぐ帰るからだろなんて言葉が返ってくる。
「だって家帰って寝たいやん。」
「おっさんかよ。」
そんな日常が俺は気に入っていた。