そんな君が好き。
おかしい。
なんだか、つけられている気がする。
暗い夜道に、自分の背後から気配を感じ始めて数十分。
家の場所を悟られたくなくて遠回りをしていたのが仇となった。
人気の少ない路地から早く抜け出さないと、危ない。
こんなことなら駅からタクシーを使えばよかったのだ。
時は二時間前。
「あーあ。彼氏ほしいなぁ」
同僚の西川美奈(にかわ みな)がビールジョッキを片手に愚痴をこぼす。
大手居酒屋チェーン店で飲み明かすのは、金曜日のお決まりのこと。
「にっしーはベッビンさんなんやから、婚活すれば一発やと思うで」
「えー、そんなことないよー。こないだも婚活行ったけど、いい人いなかったもん。それよりも、志帆はいい人いないの?」
宮田 志帆(みやた しほ)。
27歳、独身。
関西から上京してもう数年の月日が経った。
大阪=面白い。
というハードルを日々乗り越えつつ、振りをされるとどうにか答えたくなるというのが難波のサガというもので。
「めっちゃおるで。まずはアラブの石油王の愛人やろ。んで、有名小説家、沢村 伊月やろ」
「志帆、つまんないよ」
「乗れや!」
「関西ノリ分かんないから!」
「分かれや!」
「あーはいはい。志帆もいい人いないのね。でもさ、沢村伊月ってイケメンだし、お金持ってるし、家事もやるらしいじゃん。そんな人、理想だよね」
ジョッキお代わりください。と言いながら、美奈は言った。
沢村伊月。
デビュー作から、いきなり映画化、そしてドラマ化をして、最近書き上げたファンタジー作品がハリウッドでも映画化されるらしい。
甘いマスクから、女性に人気のある作家だが、私生活は謎に包まれている。
「確かにな。でもそんな都合のええ男世の中にそんなおらへんで。現実見な。フレンチも毎日食ってたら、飽きるで」
「それは、毎日フレンチ食べてから言ってよね」
そんな他愛ない会話をして、駅前で別れた後、何故だか背後から気配を感じている。
「なんでなん?うちなんかしたんか?」
涙目になりながら、早歩きをしていると、コツコツコツコツと志帆の歩幅に合わせて背後から同じ速度でついてくる。
ああ、明日の新聞の見出しはきっと「驚愕!悲劇の美人OLストーカーに・・・」や。
絶対や。
こんなことなら、フレンチ毎日食べられるような男を無理矢理捕まえて、アッシー、メッシー従えとけばよかった。
「バブルか!」
声に出して自分にツッコミを入れると、少しだけ勇気が湧いてくる。
なんでこんな怖い思いを一方的にさせられなきゃあかんねん。
腹たつわ。
そう思った志帆は、思い切り振り返った。