ずっとキミが好きでした。
なっつんのいない家庭科室は、“無”だった。


“無”という言葉以上に似合う言葉は見つからない。


おれは、たった一人で料理をしていた。




3年の先輩は受験勉強を言い訳に来ていないが、真の理由がおれだということは裕に予想がつく。




おれは先輩から嫌われている。



途中から入った、可愛げのない後輩を好いてくれる人などなかなかいないだろう。


なっつんがいなかったら、家庭科クラブにはいられない。





「なっつん、今頃何しているんだろ…」





時計の針はちょうど5時を差していた。









ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…。









キッチンタイマーが音を立てた。


慌てて蓋を開けると、さくらあんパンの包み込むような甘い良い香りが、花粉症のおれの鼻にもきちんと入り込んできた。


生まれて初めて自分一人で作った料理だった。







奇しくもそれは…









あっすーの好物だった。







あっすーにむかついていたはずなのに、何を作ろうかと考えていた時になぜか頭に浮かんで来たのは、あっすーの顔だった。


小学生の頃あっすーが学校の帰りに、誰にも言わないという条件付きで、おれを秘密のパン屋に連れて行ってくれたことをふと思い出したのだ。


さくらの塩漬けが入った、ほんのり甘じょっぱいさくらあんパンを食べながら、田んぼの遥か向こうにある都会に思いを馳せていた。





「俺が歌い続けたら、この町を越えて行けるかな?」






あっすーはよくそう言っていた。


あんパンの甘さを感じられないほどにあっすーの声色はシリアスで、おれにはあっすーが本気なんだって分かった。


そして、その夢を応援してあげたいと思った。


デビューしたら、あっすーの一番のファンになりたいと心から思っていた。







なのに、今は…









今のおれは…









何も出来ない。








いや、避けているんだ。


自分が傷つかないように、あっすーと向き合うのを避けている。







そんなんじゃ、駄目だ。


いつまでも逃げてちゃ、駄目だ。






あっすーを、


みっくんを、


彼らが作り上げたバンドを、


おれは愛さなくちゃいけない。






たとえおれが彼らの一番近くに、彼らの間にいないとしても…。












おれは出来立てのさくらあんパンを、今のおれには不似合いなおしゃれなラッピングペーパーで包んだ。


見た目は正直イマイチで、お世辞にもおいしそうには見えない。






それでも彼らに届けたかった。


伝えたかった。








おれは、二人の幼なじみで、大切な友達だ、と。
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