ずっとキミが好きでした。
軽音部の部室のドアの隙間からオレンジ色の光が僅かにこぼれていた。


ドアノブにそっと手をかけ、ゆっくりと回した。






「お疲れ、みんな」





平静を装って声をかけると、みっくんが一瞬驚いたように目を丸くしてこちらを見た。


おれは構わず続けた。




   
「これ、差し入れ。なっつんがお世話になってますっていうことで、作ってみたんだ」





嘘というものは、いとも簡単に口から出て来る。


ドロドロとした感情によって作られた歪なさくらあんパンを、おれは当たり障りのないなっつんに差し出した。


なっつんは「ありがとう」とにっこり笑って受け取ってくれた。


素直で純粋ななっつんを見ていたら、自分の汚れがより一層深まってしまう気がした。


なっつんが良い子であるがために自分がすごく醜い悪魔のように感じる。





「みんなも食べよう!」





なっつんの鶴の一声で、彼らは恐らく仕方なく、さくらあんパンを手に取った。


なっつんが先人を切って、はむっとかぶりついた。




みるみる顔が硬直していく。


なっつんにとんでもないものを食べさせてしまったようだ。


なっつんに食中毒になられたら困ると思い、急いで残りのさくらあんパンを奪った。






「おいしくなかったよな?…ごめん」






「そんなことないよ。大丈夫だよ」










ーー大丈夫…。









必死のフォローも虚しいだけ。


今のおれにはなっつんの全てが針だ。


チクリと軽く刺さってじんわりと痛みが広がっていく。






「翼ちゃん、気にしないで。本当に本当に大丈夫だから」






「いや、大丈夫じゃない!おれ、なっつんに倒れられたくない」







「さっきからゴチャゴチャうるせーな!マズいもん、持ってくるくらいなら最初から来るなよ!」






あっすーはそそくさとみんなの分も回収し、おれに押し付けた。







「女子力上げてから来いよな」








さくらあんパンを抱えておれは部室を飛び出した。


瞼の奥が熱くなるより先に、生ぬるい雫がぽとりとあんパンに染み込んでいった。




走れるほどおれの心臓は強くない。


呼吸が乱れ、おれは階段の踊場に倒れ込んだ。


手から抜け落ちたあんパンは埃にまみれ、残りはおれの体重で押しつぶされた。


声を押し殺して泣いていると、あったかい手のひらが背中に乗った。







「翼、一個ちょうだい」






顔を上げると視線の先にはみっくんがいた。


昔からおれを包み込んでくれた暖かな笑顔がそこにはあった。







「みっくんにあげられない、こんなの」





「食べて見なきゃ分かんないよ。俺、お腹空いてるから早くして」






おれが渋々つぶれたさくらあんパンを差し出すと、みっくんは笑っておれの頭をぽんぽんしてくれた。





「ありがと、翼。…それじゃあ、頂きます!」






本当にお腹が空いていたらしく、豪快にかぶりついた。


じっくりとみっくんの顔を観察したが、特に嫌そうな表情はしなかった。







「みっくん、おいしい?」






みっくんは親指を立てた。







「すごくおいしいよ!ほんのり甘いのが最高だね!」







嬉しかった。


この言葉をずっと待っていた。


「おいしい」とそう言ってもらえるだけでおれの心は満たされるんだ。






おれもみっくんを真似て思い切りさくらあんパンにかぶりついた。
 


舌に感じるほのかな塩味と甘味。



いつか食べたさくらあんパンにはまだまだ届かないけど、限りなく近い気がした。







「良かった…。不味くない」






「心込めて作ったものでマズいものなんてないよ」







「そうかな?」







「歌だってそう。自分の気持ちを伝えたいと思って作詞作曲して歌ったら、全員じゃなくても誰かには届く。少なくとも俺はそう信じてる」







「そっか…。そう…だよな」








二人のために思いを込めて作ったさくらあんパン。


みっくんには少し届いた気がする。


おれが二人を大切に思う気持ちはこれからも伝え続けたい。




おれがみっくんを見ると、みっくんもおれを見ていた。






「今度は必ず翼のために作るから」






みっくんのその言葉は、おれの中の何かを突き動かした。

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