雨
飲むに限る。か、
このよく聞く常套句が正確だった試しはないが、何かあると毎回酒に癒しを求めてしまうのもまた事実。既に片手で数えられぬほどのグラスを開けたが、酔うどころか一向に気分が優れることもなく、時間だけが刻々と進んで行くのだった。
空になったグラスの氷を遊ばせる。次を最後に一杯飲んだら帰ろうかとメニューに目をやり、またもや無意識のうちに漏れた、一際大きなため息に今度は返事があった。
「ため息は酒を不味くするよ。」
振り返るとそこに居た、今来たばかりらしいその見知らぬ男は着ていたコートを綺麗に椅子にかけると、隣に座る許可を私に求めた。普段なら断るところだが、一人での酒に限界を感じていた私はついそれを許した。
「どうぞ、こんな私の隣でよろしければ。」
「仕事かな?」
「え?」
「そのため息の理由ですよ。」
彼が椅子に座ることで距離が縮まり、ほのかに香水というよりかはお香のような、スパイスの効いた香りが鼻を掠めた。
「ええ、仕事でちょっと、」
男は酒を注文するとこちらを振り返り、私に聞いた。
「その話、俺に話してみる?聞くけど。」
私も少し考え、答えた。
「いえ、それよりかは楽しみたいんです。」
この返答に男は笑みを浮かべわたしに、一言「いい女じゃない」と言った。