目を開けると、案の定彼は側にいない。初めから期待などしていなかったのだが、実際に空いた隣を見ると、感情は揺れ動くのだった。

時計を見ればすでに夕方で、枕元にはホテルの料金が置いてあった。ありがたく使わせてもらうことにした。

支度を整えていると、かすかに雨音が聴こえるので、唯一あった窓の外を見てみると、しとしとと地面を濡らす静かな雨が降っていた。

ホテルの名前から位置を検索すると、駅まで徒歩で行けるが、この雨ではタクシーを呼ぶ他ないだろうか、

ふと玄関の方に目をやると、一本の傘が目に入った。その可愛らしい傘を彼が使うのはなかなか想像し難く、私の為にわざわざ用意したものかもしれないと思うと、嬉しい。

先程から無意識に目が探してしまうが、連絡先も次の約束も残されておらず、もう会えないだろう彼の、唯一残した形ある痕跡に愛しさすら感じてしまう。


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