夜の空気
またプラットホームの右側が明るくなる。


電車がゆっくりと、ゆっくりとプラットホームを進んで、わたしの前で止まった。


背が高くて、日に焼けた男が一人降りてきて、わたしに話しかけた。


「ナナコ姉ちゃん? ごめんごめん、待った? 大学指定のユニフォーム届くのが遅くて、新幹線の飛び乗ったのが午前11時だよ。
まいっちゃった」


子共の頃と同じ笑顔で、ユウタが目の前に立っていた。


高校の写真の時より少し伸びた黒髪、黒と白の格子柄のポロシャツに、オシャレなイエローのカラージーンズ。長い足先には使い古したような紺色のスニーカー。なにやら重そうなスポーツバックを肩から下げている。


……まさか、スポーツ推薦でわたしと同じ大学に来るとは思わなかった。


わたしの住んでいるマンションの隣室が開いていることを母に言ったら、ユウタが住むことになったらしい。


わたしの呆れ顔に気分を悪くしたのか、ユウタが口を尖らせる。


「怒ったの? ごめんって言ってるじゃん。ね? あ、ナナコ姉ちゃんたばこ吸ってんの? 身体に悪いよ」


最初は怒って、次は興味津津の顔に。


くるくるとよく動く表情。ユウタはわたしの手からたばこを奪い取ると、たばこを吸いこんだ。途端に顔をしかめる。


「あ、バカッ!」


未来のアスリート。


期待の星の肺を汚してしまった!


「うげ! なんでわざわざ金出して、空気より不味いもの買うの?」

「……いいでしょ。そんなこと。早く返しなさい」

「身体に悪いからダメ」


怒って必死に手を伸ばすわたしを退け、ユウタがわたしの手の届かないところまでたばこを持ち上げて、笑顔でわたしをからかう。


昔は撫でることが出来たユウタの頭も、今では背伸びをしないと届かなそうだ。


これだけ身長差があれば、年上とか年下とか気にしなくていいかもしれない。


わたしの中の小さなわたしがちらりと呟いた。


わたしはきちんとお姉さんの顔が出来ているだろうか?
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