夜の空気
ユウタが思い出したように言った。


「ナナコ姉ちゃん、そんなことより腹が減ったんだけど」

「自分の財布で何とかしなさい」

「俺の財布の中身、今600円しかない」


ユウタが真顔でしれっと言った。


「何してんの」

「いいじゃん、おごってよ」


お願いと拝みのポーズをして、膝を折り、しゃがんでこちらへ子犬の様な目を向ける。


ユウタは卑怯だ。


即座に頭の中で財布の中身を計算する。


「今日だけの引越し記念だからね。少し歩いたところにファミレスがあるから」


ユウタの顔がぱぁっと輝く。


「ありがとう! やっぱりナナコ姉ちゃんは頼りになるな」


ユウタは何気なく言ったと、あとで考えれば思う。


初めて来た土地のことが少しでも詳しい人が近くに入れば頼もしくもなるだろう。


でも、気持ちがくじけて、不貞腐れていたわたしには、ユウタの言葉はあたたかすぎた。


ユウタの輪郭がぼやけたと思ったときには涙が溢れてしまった。


慌てて涙を拭ったが、ユウタも気づいたみたいだ。


ユウタは顔色を変えて言った。


「ナナコ姉ちゃん、どうしたの!?」

「なんでもないから」


わたしの精一杯の虚勢と笑顔は、ユウタの言葉と動きを封じ込めるのに役に立った。


「……隙あり」


固まっているユウタから、たばこを奪い返す。わたしはそのままたばこを吸うことなく、駅の灰皿でもみ消した。


「あ! ……あーあ。もったいなくないの」

「また買えばいいから大丈夫だって。ほら、ファミレス行くよ」


わたしはユウタから背を向けると歩きだした。
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