【超短編 23】 ユカタノ日
 鏡の前でくるりと回り、帯の角度を見直す。下腹を押えて何度か上下に動かして子供の頃の記憶ほど窮屈ではないことに少し不安になりながら、部屋の中を歩き回ってズレ落ちてこないことを確かめる。
 使っていない勉強机の横にあるカレンダーを見ると、7日は土曜日になっていた。せっかく買った浴衣をその日に着れないことは残念だけど、お客との話のネタにはなるだろう。
「今日は七夕ですけど、浴衣の日でもあるんですよ」
なんてことを話す自分を想像しながら、もとの洋服に着替えて階段を下りていくと
「なんだ、見せてくれないの?」
と母親が残念そうな声をあげた。買い物に出掛けようと靴を履いているところだった母親の横で、私はにやけながら浴衣と一緒に買った下駄を靴入れの奥にしまい込んだ。母親に同行して近くのスーパーまで行くことにし、お客との会話を予行練習するかのように浴衣の日の話をした。
「それは知らなかったねぇ」
と感心しているのか、さほど興味がないのかわからない口調で母親は相槌を打ち、すぐさまワイドショーの話題に移っていった。
 母親に情緒を求めるのは私のわがままだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、私がお祭りで浴衣から洋服になった本当の理由を思い出した。
 それは友達ではなく恋人と出掛けるためで、そのままホテルに泊まるためだった。
 情緒がないのは親譲りかと思うと、少し可笑しかった。それでも今年は何でもない日に浴衣を着ようと堅く決意した。
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