君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「あの、澪音……お願いが……」


「ん……、柚葉は可愛いな。

俺もちょうどそういう気分だ。一度だけでは全然足りない」


澪音はうっとりするような笑顔で私に体を預け、甘えるように肩を噛んでくる。


「……っ……ふぁっ!

澪音、あのっ そうではなくて、ピアノを……っさっきの楽譜を……」


「む、……なんだよ。演奏のほうか」


澪音は残念そうに言いながらも肩甲骨の辺りをなぞる手を止めない。

焦らすように手のひらを背中から腰まで滑らせて「まったく、報酬の取り立てにがめついんだから」と意地悪く笑った。


「……っ、いつでも弾いてくれると、言ってたじゃないですか……」


さっきまでの感触が容易く肌に甦り、頭の芯が痺れてくる。息の上がった私を満足そうに眺めた澪音は、


「しょうがないな」


と、床に散らばっている楽譜を拾い上げた。今度は私の方が、澪音の手が離れたことを切なく感じているのが理不尽だ。


鍵盤に向かう澪音は、さっきまでの余韻を感じさせない凛とした佇まいになる。クロスカフェでも、映像の中で見た澪音も、目の前にいる澪音もそれは変わらない。


私は澪音のことで頭が一杯なのに、澪音はすっかりと演奏に意識が切り替わっているので置いていかれたような気持ちになるけれど……


何度見ても飽きることのない、その横顔に恋をする。


「これはノクターン。 日本語にすると、夜想曲。

夜の祈りや瞑想の曲だ」


静かに始まった演奏は、まるで雨が降った夜のようだった。美しいメロディーなのに、なぜか淋しい。
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