君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「こんな日も遅くまでお仕事ですか?

クリスマスイブに一人で外食なんて、けっこう勇気ありますね」


「だって一緒に食べてくれる人がいないんだから、仕方ないでしょ。

寂しい奴にも優しいこの店があって助かりましたよ」


そう言って杉崎さんは経済誌を片手にビールを飲んだ。彼とクリスマスイブを一緒に過ごしたがる女性なんて、いくらでもいそうだけれど……。


彼はお店の常連というだけではなくて、私にとってはダンスの生徒さんでもある。既に二回ほどレッスンを終えて、筋が良いのか基本的な動きは殆どマスターしている。

社交ダンスの基礎に限って言えば、圧倒的にリードする側の男性の方が難しい。けれど彼なら、あと一回くらいレッスンすれば普通に踊れるようになると思う。


杉崎さんが読んでいる経済誌に気になる見出しがあり、つい前のめりになった。


「ちょっとそれ見せて貰っても良いですか!?」


「どしたの? 柚葉さんってまさかの経済通?」


『異色の経歴を持つ業界の異端児 エヴァーグリーン・オーク代表 樫月澪音』

と、題された記事には澪音の写真が載っている。紙面を大きく割いたインタビュー記事となっていた。


「彼は財界ではちょっとした話題の人ですからね」


「え? そうなんですか?」


「そう、良くも悪くもオークグループの革新派っていうのかな。

ここは根っからの世襲制の企業なんですよ。本来代表になるはずだった実力派の兄を追いやって、彼がのし上がったって噂で。

しかも最近では、グループ全体をまとめる父親の権力まで計画的に削いで、乗っ取りを画策してるなんて話もあるくらいで。」


「まさかそんなはずは……!」


お父さんと澪音のことは知らないけれど、少なくともお兄さんに関しては違う。病気の影響で次期当主の座を澪音に引き渡すしかなかっただけなのに。


澪音は全て受け入れてピアニストの道を止め、弥太郎さんは酷い罪悪感に苛まれて……


……なんて、内部事情を話す訳にはいかない。
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