君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「あくまで噂ですけどね。

しかし、彼はプライド高そうですよね。世界有数のピアニストの経歴をあっさり捨てて、今度は経営者になるとかいって。

音楽ばっかりやってきてMBAすら持ってないのに、どんだけ自分に自信あるんだよって思いますけど。

きっと苦労知らずの坊っちゃんなんだろうな」


「そんなことはないですよ!!」


苦労知らずに見られるなんて、あんまりだ。

だって私の知ってる澪音は、父親には殴られ、青山財閥の会長さんにはお酒をかけられ、はたまた初恋相手には「ひよっこ」と言われれ……


心の奥底にはお兄さんへのコンプレックスを抱きながら、それでも前を向いて、寝る間も無いほど働いているのに。


「……柚葉さん?」


杉崎さんが私の反応に不思議そうな顔をしていたので我に返った。つい感情が暴走して答えてしまったけれど……


「いや、あの、御曹司には御曹司なりのお悩みとかがあるのではないかと……ただの妄想ですけど……」


慌てて誤魔化してみる。杉崎さんは澪音を直接知っているわけないんだから、悪気がある訳じゃないんだ。


「柚葉さんは優しいんですね。

そういえばこの人の顔、何処かで見覚えがあるような…」


そう思うのも当然で、常連の杉崎さんはここでピアノを弾く澪音を何度も見ている。でもきっと澪音はこのお店で正体がばれることを望んでいないはず。


「き、気のせいじゃないですか?」


「うん、そうだね。

柚葉さん、あなたがそう思うなら、気のせいなのかも知れないですね」


「?」


杉崎さんの言い方はなんだか不自然だ。不思議に思ったけれど、彼はクスクスと笑って「何でもないよ」と会話を閉じた。
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