君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「ちょっと待って下さいね」と予定を確認しようとして携帯を取り出すと、

耳を引っ掻くような、思いっきりメロディーを外した変な音が響いた。


「ん?」


澪音が演奏をミスするなんて、これまで聞いたことがない。しかも、澪音にとっては簡単すぎる曲のはずなのに。


ピアノに向かう澪音は平然と演奏を続けているけれど……


「珍しいな。今日は彼、調子が悪いのかな」


可笑しそうに杉崎さんが笑っている。その後レッスンの予定を決めると彼は店を後にした。


* * *


閉店後、ロッカールームに行くと澪音の姿が目に入る。


「今日、突然来るからびっくりしましたよ。

閉店まで待っててくれたんですか? 忙しいから先に帰ってて良かったのに」


声をかけると、不機嫌そうに澪音の眉が持ち上がる。


「俺の目の前で男と密会の約束事か? 良い度胸だな」


「密会? 何の話ですか?」


「誤魔化すのは感心しないな。音楽をやってる人間は耳が良いって言ったろ。

この店で柚葉と、柚葉に声をかけてくる男の声を拾うのなんて、俺にとっては簡単なんだ」


立ち上がった澪音に、顔が触れそうな距離まで詰め寄られて思わず後ろに下がる。狭い部屋ではすぐに壁際まできてしまい、逃げ場がなくなった。


「警告までしたのに、柚葉は気付きもしないから」


警告って言われても何のことさっぱり分からずに首を傾げると、澪音がため息をついて続ける。


「耳障りな音を聞かなかった?」


「あーっ!

あの『ラストクリスマス』、澪音が音を外したんだとばかり……」


「ミスなんかするか」


不本意そうに顔をしかめた澪音。

さっきまで澪音が座っていた辺りに、見覚えのある星形のオーナメントが置いてあった。
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