君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「……それ、お店の備品だから持ってきちゃダメですよ」


「邪魔だったから、仕方ない。

それより、まだシラを切るつもり?」


澪音の手が首筋に伸びてくるので、つい視線が泳ぐ。


「約束ごとなんて、ダンスを教える仕事の件くらいですけど……?」


「そう思ってるのは柚葉だけだ。あの男の目的は別にあるんだよ。それが分からないなんて、無防備にも程がある」


「どうして?」と目線を上げると、拗ねたように「馬鹿」と言った澪音に抱きすくめられた。


「離して下さい……誰か来るかもしれないし」

「嫌だ」


開放してくれる気配のない澪音に、抵抗するのを諦めた頃


「ダンスレッスンって、こういうことだろう?」


澪音は腕をワルツのホールドに組み換えた。腹筋や骨盤、太ももの内側が触れる。片手は私の手を取り、もう片方は肩甲骨の辺りを押さえるように置いた。


「さすが澪音。理想的なホールド姿勢ですね。

もしかして、杉崎さんが何かいやらしい目的なんじゃないかと心配してますか?

それなら、大丈夫ですよ。私だってそういう意図がある人はすぐ分かりますし、杉崎さんは違いますから」


「全然、何も分かってない。

ダンスを口実に痴漢紛いのことをする奴は問題外だが、そうじゃなくても俺は認めないよ」


「そう言われると、困ってしまいます。これも私の仕事だから。まだ数は少ないけど、ダンスの仕事は大事にしたいんです」


「いい加減、気付け。あの男に限っては柚葉にダンスの仕事を依頼してるんじゃない。

……あれは、昔の俺と同じ。柚葉に近付くための口実だ」
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