君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
その時控えめなノックの音がした。


「有坂さん、もう店を閉めようと思うんだけど」


オーナーが部屋に入ってきて、私と澪音の姿を見て驚いたように口を開けた。固まったオーナーの手から鍵が落ちる。


「りょ、りょ、了解ですっ

すぐ支度をっ」


鍵を拾ったオーナーは、笑いを堪えるように口を押さえて


「有坂さん、ちょっと来て」


と部屋を出ていくので、私もオーナーを追うように続いていく。厨房まで戻ったオーナーは、やっぱり笑っていた。


「そっかー、俺が説教すべきは澪音だったのか。

婚約者がいるから愛人になれと言ったのはあいつ?」


オーナーの笑顔は妙に迫力がある。もしかして笑いながら怒ってるの!?いつも穏やかで怒るところを見たことが無いから、判断が難しい。


「いやあのっ 違いますっ!

違わないんですがっ! ええと、その辺りの問題は澪音が解決してくれて……」


「それ本当のこと?」


オーナーの疑念は全く晴れず、眉間の皺が深くなった。


「はい。いろいろありましたが、最近澪音は婚約破棄したんです」


「驚いたな。彼の家では易々とできることじゃ無いだろう。

澪音なら、意に沿わない婚約者がいるというのも納得だったんだけと」


「……オーナーは、澪音のお家のこと知ってるんですね」


「詳しくはないけど、彼の立場は理解してるよ。

さっきは澪音から電話があってさ。珍しく慌てて『遅くなるけど今日弾かせてほしい』って言うから、どうしたのかと思ってたんだけど、こういうことだったか……」


オーナーは一人で納得して満足したように頷いた。
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