君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
唇で会話が読めるようになんて、ならなければ良かった。

杉崎さんが視界を遮るように立ちはだかって、私の酷い泣き顔を胸に押し当てた。彼の腕の力ははっとするほど強かった。


「今日は酷いことばかりしてすみません。あの男があなたを壊すのはどうしても見過ごせないんだ。

お願いだから、柚葉さんは自分を見失わないで。あんな男に恋をしなくたって、元からあなたは幸せだったでしょう」


「ふぇっ……でも、私はっ」


意識が揺らいで足元がふらつくと、杉崎さんは一層強く私を抱き締めた。


「辛いですよね。泣きたいだけ泣くといい」


「うぐっ……ぅえっ……」


ぐっちゃぐちゃの顔を杉崎さんのシャツに擦り付けて、長い間みっともなく泣いていた。


* * *



「すみません……鼻水ついたかも……」


泣き疲れたのと、気まずい気持ちも手伝ってそう呟くと、杉崎さんは「気にしないで」と笑ってぽんぽんと頭を撫でた。


「少し落ち着いたようなので、ここはさっさと離れましょう。帰りは送りますよ。

それとも、帰りたくないなら逃げ場を提供しますし」


本当は帰りたくない。澪音がいる部屋に帰るのは辛すぎるから。でも、ここで帰りたくないと言うのは何となく躊躇してしまう……。


「あぁ、別にあなたを連れ込んでどうこうする気は無いんでその点はご心配無く。俺もそこまで短絡的じゃないから。

単純に避難場所と思ってください。こういう日に、一人で暗い部屋に帰るのは嫌なものでしょう?」
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