君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「いえ、一人暮らしの家に帰る訳ではなくて……今は訳あって樫月家に居候してるので」


杉崎さんの表情が険しくなって「尚更帰らない方がいい」と諭された。


「私も実はあんまり帰りたくないのですが、戻ります。前に、急に居なくなって澪音に凄く心配をかけたことがあったから」


「柚葉さんは人が良すぎますね……。

それならもう一軒付き合ってください。ここから近いので少し歩きましょう」


料亭の周りは石畳になっていて、遠くに見えるお堀はキラキラとライトアップされていた。通りにはお洒落なバルが所々に建ち並んでいるのが見える。静かな街並みを歩きながら、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「この辺りはフランス人街があるんで、小さなパリと言われてます。この雰囲気が好きで、クロスカフェに行く前はこの辺で良く飲んでました。

……ここです。ここは評判のショコラティエの店なんですよ」


目の前に素朴な造りのお店があった。併設されたカフェに入り、杉崎さんはコーヒーとトリュフを二人分注文した。


「子供騙しのようですが、ストレスには甘いものが良く効きます」


にこっと笑った杉崎さんに促されて、可愛らしいトリュフをかじる。口の中で広がる甘さとほろ苦さは優しくさっと溶けた。



「美味しいですね。……それに、綺麗な音楽」


「良かった。この曲は……今はこんなに多幸感のある音楽は相応しくないかも知れないけど、世界一美しい間奏曲と言われている曲ですね」
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