君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
杉崎さんの言うように、この曲はとても幸せそうに聞こえた。恋に落ちる瞬間のようなメロディーは、今の心に酷く染みる。


「カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲。オペラ本編よりこの曲の方が有名かもしれません」


もし澪音がオペラの間奏曲を作ったら……世界一美しい間奏曲はこの曲ではなくなるかもしれない、なんて思ってしまって、そんな自分に呆れる。


「柚葉さんは音楽が好きですよね。だから彼に恋をしたの?」


「好きになった理由はたくさんありすぎて、今ではもうはっきりとは分からなくて……でもピアノを弾く澪音は素敵だと思います」


「そうですか…。

俺もあの男のピアノに限っては、好きです。ピアノの音色の儚さを良く知ってる演奏家ですよね」


「儚さ、ですか?」


澪音のピアノの話を聞けるのが嬉しくて、つい身を乗り出す。


「こんな話で目を輝かせないでください。音楽性と人間性は別物ですよ。

ピアノは、鍵盤を叩いたそばから音が消えていくでしょう?ペダルを使えば音は伸びるけど、本質的には変わらない。その美しさは一時の輝きです。

柚葉さんの恋愛と同じように、一瞬だから美しいんです。長く続くものではありません」


「……そう、ですね」


杉崎さんの言っている事が深く腑に落ちた。澪音との恋愛は一瞬の夢のようなものなんだ。澪音と私では所詮、立場も考え方も違い過ぎる。


複数の女性を妻に迎えるのが当たり前の価値観なんて理解できない。

澪音の妻のうちのひとりに収まって、ダンスも何もかも投げ出すわけにはいかない。


「逃げ出したくなったらいつでも言ってください」


杉崎さんは別れる前にそう言って、さっきのお店のチョコレートをお土産に手渡してくれた。
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