君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
澪音が私の頬に手を伸ばすので、びくっとして避ける。私が怯えたのを見て澪音の瞳が揺れた。


「柚葉、どう……した?」


そんな傷付いた顔をするなんて酷い。澪音にそんな資格は無いのだから。だいたいさっきはあの女性の涙を拭いていたのに、その同じ手で。


「その手で触らないでください」


薄い氷が割れるように、澪音の表情が砕けて消えた。私が今言った言葉は決定的に何かを壊したのかも知れない。


澪音は伸ばした腕を元に戻して「わけがわからない」と独り言のように呟いた。


「私も、澪音の価値観は分かりません」


「具体的に言ってくれないとわからないよ」


「理由を言わないとわからないなら、説明しても無駄だと思います」


「そうか……。 俺に何かできることはあるか?」


澪音はガラスのような目を向けてそう言った。無表情になると、私のよく知っている澪音とは別人に見えた。


「それなら、別れ……」


「認めない。二度と離さないと言ったはずだ」


「……ひとまず、ひとりで眠りたいです。どこか別室を貸してください」


「その必要はない。……俺が出ていく」


「いえ、そういうわけには……」


澪音の言葉に慌てて起き上がろうとすると、額に軽くキスをされた。


「柚葉、おやすみ。明日から外出の予定は茂田を通せ。それ以外でこの家を出ることは許可しない」


澪音が静かに扉を閉める音を聞きながら、杉崎さんの言っていた言葉を思い出す。


『あなたがあなたらしくいられるための行動が制限されていくはずだ』


澪音の言葉は、そういうことなの?


不安になって杉崎さんに貰ったトリュフを口に含む。その時になって初めて、杉崎さんから澪音の曲を返してもらうのを忘れていたことに気がついた。
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