君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
樫月澪音は束の間の休息の間、柚葉と出会った頃を思い起こしていた。行きつけのラウンジでコーヒーを飲み、彼女の記憶を整理する。


昨晩の彼女が見せた、拒絶と怯え。


それを思い出せば、鉛でも飲んだかのように胃が重苦しい。しかし感傷に浸っている場合ではない。その理由について俺なりの答えを出さねばならない。彼女は説明しないと分からないようでは意味がないと言っていた。


だが、その思索は目障りな来客によって中断された。追い返すように秘書に目配せしたが、その男は秘書を振り払って目の前に座った。


「初めまして。樫月さん、少しお時間良いですか?」


「アポイントメントの無い面会は受け付けない」


「驚きました。本当に上から目線なんですね。随分な態度だ。俺はオークグループとは関係がないから、あなたに媚びへつらう必要は無いんだけどな」


男は笑っていた。柔和な笑みの中に抜け目なさを隠して、落ち着き払った態度で息をついている。


「初対面を装うのは、非礼ではないのか?」


「俺の顔知ってたんですね。光栄です、話したことは無かったからどうかなと思ってたんだけど。

でもそんなにカリカリしなくても良くないですか?これでも最初はあなた目当てにあの店に通ってたんですよ」


目の前に置かれた名刺には『杉崎 純平』と記載されている。


「ショパンコンクールは惜しかったですね。2位入賞は日本人歴代最高位だからおめでとうと言うべきなんだろうけど、俺はあなたが優勝すると思ってたから。

やっぱりああいう場だと日本人はまだまだ不利なのかな」
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