君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「くだらないって何がですか……?」


「ここにあるもの全てが、だよ。

華美に取り繕った内側は醜いものばかりでさ。

虚栄心と競争心に満ちた人間関係とか、選民意識とか。

……全部馬鹿げてる。」


吐き捨てるように澪音が言った。


「澪音は、自分の生きてる世界が嫌いなんですか?」


「嫌いだな。だから……逃げたくてどうしようもなくなったときに、たまに『クロスカフェ』に逃避しに行ってたんだ」


「そうだったんですか……」


文句を言おうと思ったのに、こんなに傷付いた顔をされては逆に心配になってしまう。


「息がつまりそうな感じがするのは、私にもわかりますけど……

でも、澪音は逃げたくても逃げないんですね」


「本当は逃げる気満々だったんだ。気楽な次男として育ってきたからね。

結婚とかは樫月家の人間として多少の制限はあるにしても……楽な人生だと思ってた」


「でも当主になるってことは……逃げるどころか、全てを背負うということですよね」


「兄さんの頼みだったからな……。本当は兄さんが当主になるべき人なんだけど、病気でさ。」


兄さん、と言うときの澪音の声は優しくて暖かかった。


「お兄さんのこと好きなんですね」


「うん、俺とは全然違って真面目で、優しくて。俺は何もかも兄さんには敵わないんだ」


自慢するようにお兄さんを誉める表情は、まるで少年のようで可愛い。


「それなら……澪音の住む世界はくだらないものばかりじゃないですよ。

少なくとも、澪音とお兄さんは違うし、私もさっきとても清廉な感じの綺麗な方にお会いしましたよ、あの方もくだらない人じゃない」


澪音は夜空を見上げる視線を私に移した。

「柚葉は優しいな。ずっと柚葉と話していられたら良いのに」
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