君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
しばらくしてから澪音が帰宅した。


「こんな夜更けまで起きていたのか」


「お帰りなさい。大事な話の途中でしたから待っていました」


澪音はマフラーを丁寧にハンガーにかけ、ジャケットを脱いだ。私はその間に二人分のお茶を淹れる。澪音にお茶を淹れてあげられるのもこれで最後なんだ。


ティーカップを差し出すと、「ありがとう」と澪音が笑う。そのさりげない笑顔にますます胸が痛んだ。


「続きを話す前に、聞いてもいいですか?

ピアノの音って……儚いものなんですか?」


杉崎さんが言っていた。澪音はピアノの儚さをよく知っているピアニストだって。


「儚い……か。どうだろうな。弦楽器や管楽器と比べると音の伸び方もちがうから、儚いと言えなくもないか。

俺は儚い音というとショパンを思い浮かべる。ショパンの曲はピアノの持つ音の儚さを余すことなく体現していると思うよ」


「そうなんですね。

ショパンは私も好きです。やっぱりピアノと言えばショパンって感じです」


そういえば澪音は以前にショパンコンクールで入賞したんだっけ。ピアノの儚さを知る演奏家の澪音と、ピアノの儚さを体現するショパン。二人の組み合わせが、合わないわけがないんだ。


「ショパンは日本人にとても好まれるよな。

ある意味、侘び寂びの世界観にも通じているから」


「ワビサビ、ですか。クラシックなのに不思議ですね。

……澪音にショパンのピアノをリクエストしてもいいですか?」


「昼間俺が言ったことを覚えているなら、いいよ」
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