君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
一体どんな顔をして澪音に会ったらいいの。あんなに酷い言葉を投げつけて、逃げるように家を出たきりなのに……。


どうか私に気付かないでと思いながらそーっとお水を置いて去ろうとしたけど、それは無理だったようで、やっぱり澪音と目が会ってしまった。




一瞬の間の後の、不意打ちのような優しい微笑。



「どうして……」



澪音は答えずに演奏を続ける。ピアノを弾いているから話せないのではなく、ただ単に話さないだけだ。澪音は本当は鍵盤を見なくても、話をしながらでも演奏ができるのだから。


そうして何曲か演奏を続けると、何も言わずにまたふらっと店を出ていった。それは時間にして30分ほどの、ほんの短い間のことだった。



この状況は、澪音と私が知り合う前に戻っただけ……?

理由をつけて心に蓋をしようにも、さっきの微笑と音色が気持ちを波立たせる。


澪音のピアノは、たくさんの疑問符と共に私の失恋の傷を容赦なく抉った。



* * *



あれから、澪音はまた数日おきに店に来て、少しだけピアノを弾くとまた帰っていくようになった。


違っているのはその音色。これまでの芸術品のような美しい透明な音色ではなくて、もっと甘くて切ない。


「澪音ー!

わざとやってるなら止めてくれ。店の客層が急に変わると、メニューが合わなくなって困るんだっ」


オーナーの必死な訴えに澪音が笑いを堪えている。でも何も言わずに首を振って演奏を続けていた。


オーナーがそう言うのは、澪音のピアノ目当てに深夜のクロスカフェに女性客が集まってくるからだ。
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