君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
これまで仕事帰りの男性が多かったのに、クチコミなのかお店の中は若い女性客が目立つ。


しかも澪音は曲のリクエストを受けてくれるから、店内には女性客が依頼した甘いラブソングが響いている。そしてその音色が身を溶かすように切ないから、仕事をするのが辛くなるばかりだった。


今も演奏の間にチャンスを掴んだ女性が澪音の側に寄って、曲をリクエストしていた。


「ブルーノマーズの『ヴェルサーチ オン ザ フロア』を聞きたいんです。弾いてくれますか?」


澪音は頷いて演奏に入ろうとすると、


「あのっ、お名前聞いてもいいですか……?」


真っ赤な顔で彼女は自分の連絡先を書いて差し出す。澪音は上品に笑って、唇に人指し指を立てた。いつだって澪音は、お店の中では一言も声を発しない。


その仕草だけで女性は澪音に完全に落ちてしまったように、フワフワと席についた。そういう女殺しな所作は分かってやっているのか天然なのか、一度澪音に聞いてみたいくらいだ。


「ばーか、余計に本気にさせてどうするのよっ」


遠巻きに澪音眺めながら、聞こえないように独りで文句を言った。


リクエストされたヴェルサーチ オン ザ フロアは私も大好きな曲だ。バラードなのに踊りたくなるメロディーで、タイトルを私なりにテキトーに意訳すると「そのドレスを床に脱いで」というセクシーな曲。

澪音のピアノアレンジも、ブルーノマーズの声に負けないくらいの艶っぽさで、聞いているだけで顔が赤くなった。
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