君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
手にとると少し厚みがあり、封はされていない。

中を見ると現金が入っていた。


「お金……そうだよね……

これ、バイトだったもんね」


始めから報酬は払うと言っていたし、澪音はその通りにしただけだ。何も悪くなんかない。


「10万円も入ってる……こんなに受け取れないよ」


心が妙に乾いた気分になって、『君なら後腐れなさそうだし』と言った澪音の言葉をもう一度思い出す。


これは契約。ただの仕事だ。


明日からまたクロスカフェのバイトに精を出そう。私は私の日常に帰ればいいんだ。


澪音は忙しくなるから暫く店には来ないはずだし、きっと大丈夫。


その予想は当たり、澪音が来ないまま二週間が過ぎた。澪音から何度かメールがあったけど、何を返して良いかわからなくてそのままにしてある。


「ユズちゃん、ちょっと綺麗になってない? 恋でもしてるの?」

常連さんにからかわれると、オーナーが


「ウチの看板娘にセクハラは止めてくださいよ」


と、釘をさすように言った。


「こんなのセクハラのうちに入らないよねー。ユズちゃん、浮かない顔だけど辛い恋でもしてるの?」


そう聞かれて、すごくぼんやりとしていた私は、


「愛人にならしてくれるって言ってたんですけどね……」


と呟いてしまった。


違う、違う。澪音への気持ちは恋じゃないのに。


オーナーがその拍子に椅子に躓いて


「有坂さん、どんな恋愛してもいいけど既婚者は止めときなさい。

そんなこと言う奴は間違いなく最低だからな」
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