君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
懇願するようにそう言われて、名刺に電話番号を書き込んで手渡された。


「私、社交ダンス専門というわけでもないし、プロじゃないんです。だから、ちゃんと教えられるかどうか自信が無いんですが……」


「いいんですよ、ほんの基本だけわかれば。あなたのご都合の良いときで構わないんで、考えておいてください。」


そう言うと、その人は仕事の電話でも入ったのか携帯に目を通してクロスカフェを後にした。


「基礎から教えるなんて私にできるかな……。基本が一番難しいのに……」


「有坂さんが心配すべきは、そういうことじゃないと思うよ」


独り言のつもりが、オーナーに呆れた顔で返される。「え?」と首を傾げると、


「あんなにあからさまなのに、気がつかないのか……」


と、益々呆れられた。



「あからさまって何がですか?」


「『簡単に忘れる方法、教えましょうか』だぞ!?

あんなこと、真顔で言うか?

聞いてるこっちが恥ずかしくなる」


「オーナー地獄耳ですねー。料理作りながらばっちり聞いてるんじゃないですか。

でも、その話はそこで終わりになっちゃって、結局ダンス教えてと言われてただけなんですけどね」


「いや、その二つは繋がってるよ。俺が口出すようなことじゃないけどさ……

ん? 考えてみれば愛人とか言ってる奴よりはマシなのか……?」


「何をぶつぶつ言ってるんですか?」


オーナーに詳しく聞きたかったけれど、その後はお客さんが増えてきて結局話すタイミングを失ってしまった。


あっという間にバイトが終わり、今は澪音の部屋の前で立ち尽くしている。とっくに日付が変わった時間帯なので、澪音を起こさないようにそおっとドアを開けた。


「何をためらってるんだ?早く入れ」
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