君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「え……? そんなことって……」


あまりの内容に言葉を続けられずにいると、


「な、イカれてるだろ?」


と、澪音は世間話でもするような気楽な様子で笑った。


「だから兄さんが声を失ったのは、父にとっては大誤算なんだ。俺だって当主に担ぎ上げられるなんて、思ってもみなかったけど」


「それは、やっぱり澪音は相当辛かったんじゃないですか? ずっと音楽の道に進むものだと思って生きてきたなら尚更……」


「でも、兄さんの方がずっと悔しかったろうし、

さっき言った通り、俺は諦めの良いタイプだったから。」


私は、弥太郎さんが言っていた『澪音は当主になるには優しすぎる』という言葉を思い出していた。今なら分かる。澪音はお兄さんに、そして私なんかにも惜しみなく優しさを与えてくれる人だ。


「でも、もちろん少しは不貞腐れたし、そのせいで夜中にフラフラと家を出て外でピアノ弾いたりして。


……そのおかげで柚葉に会えた。

だから、これで良かったと今は思ってるよ」


澪音は大きなアーモンド型の目を私に向けた。ピアノの前の、二人で座るには少し小さな椅子に並んで座っているので、近い距離で見つめられるとつい目を逸らしてしまう。


「そんな些細なこと。私じゃなくても恋人代行は誰でもできますよ」


「俺にとっては大きな出来事だ。生き方を変えるくらい、とても大事なことなんだ。」


澪音は私の顎に手をかけて、目を逸らすのを阻む。もう一度澪音の目を見ると、もう笑顔は消えていた。


「柚葉、少しずつでいいから、その男のことを忘れるんだ。いいな?」


「今の私には、無理です。

忘れるなんてできない」
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