直さんと天くん
「これで最後っと…」
入荷した商品を全て棚に並べ終えた。
いつもの、客足のない時間帯の店内。
長時間前屈みになっていたせいで腰が痛い。
腰に手を当てて溜息をつきながら顔を上げたら、棚の向こう側にこっちを向いた天くんの顔があった。
「うおっ、びっくりしたぁ…いつからそこにいたんだよ天くん」
驚いて軽く仰け反った私に、天くんはいつものへらっとした笑みを返した。
「ずっといましたよ?気付かなかった?直さん」
「ぜんっぜん気付かんかった。え、そんなずっといた?」
「ほんとはついさっき来ました」
「なんだよ、さっきかい」
ものすごく集中してたってわけでもないのに、なんで入店チャイムや足音が聞こえなかったんだろう。変だな。まぁ、そんなこともあるっちゃあるか?
…って、あ。
そんなことよりも。
昨日告白されて、キスされて、あれから初めて顔合わせるんだ。
別れ際は今にも瞼が閉じそうだったけど、今日はぱっちり開いた両目が私を見ている。
思い出した途端にギクっと体が固まる。
絶対、告白の返事、きかれる…!
頭の中に、天くんが初めてこの店に現れた晩とその翌日店に現れた晩の記憶がよぎった。
初対面(だと私は思っていた)の私に唐突に名前をたずねてきた、あの記憶だ。
きくよ、きくに決まってるよ、こいつは…!
それで、直さんは僕のことどう思ってるんですか?好き?嫌い?まだきいてないから、今きかせてください…とかなんとか、言いそうじゃん。言うだろ、絶対。それを言いに来たんだろ!?
天くんがトコトコ棚の向こうから移動してくる。
今店内にお客さんはいないけれど、カウンターの向こうには菊池さんがいる。
菊池さんは天くんのことを私の後輩か何かだと思っていて、浜路さんのように「若いっていいわね〜青春よね〜いいわ〜夢あるわ〜」とか騒がないけど、ここでもし告白の返事をさせられ、ハグだのキスだのされようもんなら…。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる…!そして気不味い!この後どんな顔で仕事すんだ!
「直さん」
「な、なに」
ぐるぐる頭の中で考えを巡らせてたから、名前を呼ばれて天くんの顔を見てからハッとした。
真顔だ。
さっきまで笑ってたのに何故。
そして近い。どんどん近付いてくる。
横に並んで立つのかと思ったのに、目の前に立って、顔を近付けてくる。
後退りしようにも背後にはたった今自分が陳列し終えたカップラーメンやらお菓子やらの棚があって、できない。
そうだ菊池さん!と思ってカウンターの方に目を向けるとこちらに背中を向けて仕事中だった。
ホッとしたのも束の間、天くんが「直さん、こっち見て」と低い声で囁く。
なんだなんだ、マジでいきなりどうした…!?
「見て、直さん」
「み、見てる見てる」
「直さんの目に僕が映ってる」
「め、目?」
「そう。僕の顔、映ってるのが見えます。こうやって近付くと。」
「あ、ああ、そういう意味…」
「僕しか映ってない」
「そ、そりゃ、こんだけ近けりゃ、そうだろさ…」
まさか、まさかとは思うけど、このままキスとかしないよな!?
横目でカウンターをチラチラ見て、菊池さんがまだ背中を向けて仕事しているのを確認する。
でもそれもいつ終わって振り返るかわからない。
「て、天くん、あのさ」
お互いの前髪が触れているほど、顔と顔が近い。
もしかしたら、これはこいつなりの告白の返事の催促なんじゃないか…!?
だったら早く言ってやんないと…!
じゃないともっと近付いてきて、本当にキスされるかもしれない。
言わなきゃ、私も好きだって。
ただ、あまりにも気恥ずかしくて、これ以上天くんの目を見たまま喋ることはどうにもできそうになくて、目線を下に向ける。
「き、昨日、の、こと、なん、だけど」
何でこんなに一言一言話すのに力が要るのか…。
考えてみたら私、告白したことないんだよな…。
学生時代は、なりゆきで、なんとなくお互い同じ気持ちだろうと察して、じゃあ付き合ってみる?みたいな感じだったし…。
言うべきことはわかっているのに、言葉が喉でつかえて出てこない。
他人に好意を伝えることがこんなに難しいとは…!
早く、早く言わなきゃ。
このままだと天くんまたキスするかもしれないし、カウンターにいる菊池さんが今にも振り返るかもしれない。
私も、天くんが、好きだよ。
まさに今、勇気を振り絞ってそう言おうと口を開いた、その瞬間。
天くんの両手が、ぽんっと私の両肩に乗った。
「お腹減ったあぁ〜」
気の抜けた声でそう言って、がっくり項垂れた頭を私の右肩に寄せてくる。
え、えええーーー!?
なんっじゃそりゃ!!唐突すぎるだろ!!
さっきまでの空気どこいったんだよ!!
衝撃に開いた口が塞がらない。
キスしそうなほど至近距離で見つめてきて、直さんの目に僕が映ってる、僕しか映ってない、とかもうフラグか?ってほど甘ったるい台詞まで言って、絶対告白の返事をさせたいんだと思ったのに。
違うんかーーーい!!
心の中で盛大にツッコミした。
けど、心のどこかで少しホッとしていたのも事実だった。
気を取り直して、とりあえずふわふわヘアーの後頭部をぽんぽんしてやる。
「おっしゃ、お姉さんが何か奢ったる!」
「やったぁ〜」
「何食べたい?」
「おでんがいいです」
「おっけー」
体を離すと、カウンターに向かって歩き出す。
作業を終えた菊池さんが振り向いて、天くんに気付いた。
「おう、天坊、いらっしゃい」
「こんばんは〜菊池さん」
いつの間にか菊池さんは天くんを天坊と呼ぶようになっていた。坊って呼びたくなるの、なんとなくわかる。
カウンターの前に近付くと、天くんが急に立ち止まって、振り向いた。
なんだ?と不思議に思ってその顔を見上げたら、ふにゃっと笑って、耳元に口を寄せてくる。
私にしか聞こえないようにして、こう囁いた。
「昨日はすっごく楽しかったです。またしましょうね、デート。」
言い終えると、子犬のように人懐こい笑顔を向けてくる。
その笑顔が何故だかいつもより眩しく見えて、動揺して言葉が出なくなって、代わりにぎこちなく何度も頷いた。
天くんは、私が頷いたことに満足したのか、へへ、と嬉しそうに笑うと、カウンターの方に向き直っておでんの具を選び始めた。
告白の返事、言いそびれたな…。
明日言おう、明日…。
入荷した商品を全て棚に並べ終えた。
いつもの、客足のない時間帯の店内。
長時間前屈みになっていたせいで腰が痛い。
腰に手を当てて溜息をつきながら顔を上げたら、棚の向こう側にこっちを向いた天くんの顔があった。
「うおっ、びっくりしたぁ…いつからそこにいたんだよ天くん」
驚いて軽く仰け反った私に、天くんはいつものへらっとした笑みを返した。
「ずっといましたよ?気付かなかった?直さん」
「ぜんっぜん気付かんかった。え、そんなずっといた?」
「ほんとはついさっき来ました」
「なんだよ、さっきかい」
ものすごく集中してたってわけでもないのに、なんで入店チャイムや足音が聞こえなかったんだろう。変だな。まぁ、そんなこともあるっちゃあるか?
…って、あ。
そんなことよりも。
昨日告白されて、キスされて、あれから初めて顔合わせるんだ。
別れ際は今にも瞼が閉じそうだったけど、今日はぱっちり開いた両目が私を見ている。
思い出した途端にギクっと体が固まる。
絶対、告白の返事、きかれる…!
頭の中に、天くんが初めてこの店に現れた晩とその翌日店に現れた晩の記憶がよぎった。
初対面(だと私は思っていた)の私に唐突に名前をたずねてきた、あの記憶だ。
きくよ、きくに決まってるよ、こいつは…!
それで、直さんは僕のことどう思ってるんですか?好き?嫌い?まだきいてないから、今きかせてください…とかなんとか、言いそうじゃん。言うだろ、絶対。それを言いに来たんだろ!?
天くんがトコトコ棚の向こうから移動してくる。
今店内にお客さんはいないけれど、カウンターの向こうには菊池さんがいる。
菊池さんは天くんのことを私の後輩か何かだと思っていて、浜路さんのように「若いっていいわね〜青春よね〜いいわ〜夢あるわ〜」とか騒がないけど、ここでもし告白の返事をさせられ、ハグだのキスだのされようもんなら…。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる…!そして気不味い!この後どんな顔で仕事すんだ!
「直さん」
「な、なに」
ぐるぐる頭の中で考えを巡らせてたから、名前を呼ばれて天くんの顔を見てからハッとした。
真顔だ。
さっきまで笑ってたのに何故。
そして近い。どんどん近付いてくる。
横に並んで立つのかと思ったのに、目の前に立って、顔を近付けてくる。
後退りしようにも背後にはたった今自分が陳列し終えたカップラーメンやらお菓子やらの棚があって、できない。
そうだ菊池さん!と思ってカウンターの方に目を向けるとこちらに背中を向けて仕事中だった。
ホッとしたのも束の間、天くんが「直さん、こっち見て」と低い声で囁く。
なんだなんだ、マジでいきなりどうした…!?
「見て、直さん」
「み、見てる見てる」
「直さんの目に僕が映ってる」
「め、目?」
「そう。僕の顔、映ってるのが見えます。こうやって近付くと。」
「あ、ああ、そういう意味…」
「僕しか映ってない」
「そ、そりゃ、こんだけ近けりゃ、そうだろさ…」
まさか、まさかとは思うけど、このままキスとかしないよな!?
横目でカウンターをチラチラ見て、菊池さんがまだ背中を向けて仕事しているのを確認する。
でもそれもいつ終わって振り返るかわからない。
「て、天くん、あのさ」
お互いの前髪が触れているほど、顔と顔が近い。
もしかしたら、これはこいつなりの告白の返事の催促なんじゃないか…!?
だったら早く言ってやんないと…!
じゃないともっと近付いてきて、本当にキスされるかもしれない。
言わなきゃ、私も好きだって。
ただ、あまりにも気恥ずかしくて、これ以上天くんの目を見たまま喋ることはどうにもできそうになくて、目線を下に向ける。
「き、昨日、の、こと、なん、だけど」
何でこんなに一言一言話すのに力が要るのか…。
考えてみたら私、告白したことないんだよな…。
学生時代は、なりゆきで、なんとなくお互い同じ気持ちだろうと察して、じゃあ付き合ってみる?みたいな感じだったし…。
言うべきことはわかっているのに、言葉が喉でつかえて出てこない。
他人に好意を伝えることがこんなに難しいとは…!
早く、早く言わなきゃ。
このままだと天くんまたキスするかもしれないし、カウンターにいる菊池さんが今にも振り返るかもしれない。
私も、天くんが、好きだよ。
まさに今、勇気を振り絞ってそう言おうと口を開いた、その瞬間。
天くんの両手が、ぽんっと私の両肩に乗った。
「お腹減ったあぁ〜」
気の抜けた声でそう言って、がっくり項垂れた頭を私の右肩に寄せてくる。
え、えええーーー!?
なんっじゃそりゃ!!唐突すぎるだろ!!
さっきまでの空気どこいったんだよ!!
衝撃に開いた口が塞がらない。
キスしそうなほど至近距離で見つめてきて、直さんの目に僕が映ってる、僕しか映ってない、とかもうフラグか?ってほど甘ったるい台詞まで言って、絶対告白の返事をさせたいんだと思ったのに。
違うんかーーーい!!
心の中で盛大にツッコミした。
けど、心のどこかで少しホッとしていたのも事実だった。
気を取り直して、とりあえずふわふわヘアーの後頭部をぽんぽんしてやる。
「おっしゃ、お姉さんが何か奢ったる!」
「やったぁ〜」
「何食べたい?」
「おでんがいいです」
「おっけー」
体を離すと、カウンターに向かって歩き出す。
作業を終えた菊池さんが振り向いて、天くんに気付いた。
「おう、天坊、いらっしゃい」
「こんばんは〜菊池さん」
いつの間にか菊池さんは天くんを天坊と呼ぶようになっていた。坊って呼びたくなるの、なんとなくわかる。
カウンターの前に近付くと、天くんが急に立ち止まって、振り向いた。
なんだ?と不思議に思ってその顔を見上げたら、ふにゃっと笑って、耳元に口を寄せてくる。
私にしか聞こえないようにして、こう囁いた。
「昨日はすっごく楽しかったです。またしましょうね、デート。」
言い終えると、子犬のように人懐こい笑顔を向けてくる。
その笑顔が何故だかいつもより眩しく見えて、動揺して言葉が出なくなって、代わりにぎこちなく何度も頷いた。
天くんは、私が頷いたことに満足したのか、へへ、と嬉しそうに笑うと、カウンターの方に向き直っておでんの具を選び始めた。
告白の返事、言いそびれたな…。
明日言おう、明日…。