直さんと天くん
翌日。
出勤して、浜路さんと顔を合わせた。
「昨日はごめんね、直ちゃん。お店、大丈夫だった?」
一瞬、あの謎の男のことが頭をよぎったけど、笑顔で答えた。
「ええ。お客さんほとんど来なかったんで、問題なかったっすよ」
「よかったぁ。迷惑かけちゃって申し訳なかったわね」
「いいえ、息子さんはもういいんすか?」
「おかげさまで。薬飲ませて、熱も下がったし、今日は旦那が仕事休みで家にいるから、大丈夫よ」
「よかったっす」
浜路さんは高校生の息子さんと娘さんがいる40代のお母さんで、私と同じこの住宅地に住んでいる。
「浜路さん、お客さんでハタチ前後の茶髪でピアスしてる男の子、見たことあります?」
「どうだろ、若い子ってみんな同じようなかんじだから。そのお客さん、イケメンなの?」
「まぁ、そっすね。イケメンです」
「じゃあ忘れないわよ〜、見たことないわねぇ。その子がどうかしたの?」
「いや、ちょっと変わったお客さんだったんで…何でもないっす」
夕方。
帰宅時間と夕食時で、店内が混雑する。
レジの前に長い行列ができる。
お弁当や、ビールとおつまみなんかが飛ぶように売れていく。
やっと最後の一人の精算が終わって、ほっと一息ついた。
店内が空いて、静かになる。
カウンターの中で、レジに背中を向けていたときだった。
「こんばんは、お姉さん」
背後で声がして、振り向くと、カウンターの向こうに昨日の男が立っていた。
「い、いらっしゃいませ…」
こんなときに限って、いっつも一人…!!
浜路さんは今店の奥で仕事していた。
にこっ、と子供のような笑顔をみせる男。
今日は手に一輪の竜胆の花を持っている。
「あ…お花、綺麗ですね」
「お姉さんにあげます」
そう言って、男は竜胆の花を差し出した。
「ああ…それは、どうも…」
受け取って、どうしようか一緒迷って、シャツのポケットに挿しておいた。
「昨日に続き今日も来店していただいて、ありがとうございます」
ちょっと嫌味みたいに聞こえたかな?
そんなつもりはなかったけど、口にしてから少し後悔する。
けど、男はにっこり笑った。
「どういたしまして!」
「え〜っと…何か、お探しでしょうか…?」
昨日と同じことを言ってしまう。
世間話は苦手だ。
私の言葉に、男は、こてっと首を傾げた。
「ん〜?」
それから、何か思い出したらしく、急にはっとした。
「あっ!そうだ、名前!お姉さんの名前を聞こうと思ってたんです!昨日聞けなかったから!また忘れるとこでした」
いらんこと思い出させてしまったー!!
男は、へらん、と笑いながら、昨夜と同じように言った。
「僕の名前は舟橋天といいます。お姉さんのお名前を教えてください」
昨日に続き今日も名前を聞くために来店しているってことは、教えるまでこうやって通う気だろうか…。
もういいや…。
めんどくさいし、教えちまえ…。
「…直、です。脇阪、直」
「直さん?」
「はい」
「直さん!」
「は、はい…」
「直さん、僕、今日おでん買っていきます」
「あ、それはどうも」
男…天くんは、昆布のリボン巻き、ゆで卵、ソーセージ、はんぺんを注文した。
「大根とか、野菜はいいのかい?」
「僕、野菜食べないんです」
「あ、そう…」
精算を済ませたそばから、おでんを食べ始める。
割り箸で昆布のリボン巻きをつまみながら、天くんは笑った。
「また来ます、直さん」
「わかったから、前見て歩きな!天くん!」
は〜い、と返事しながら、店を出て行く。
出入口のチャイムが鳴った。…なんだ、ちゃんと鳴るじゃん。
てか、お客さん相手に失礼な口をきいてしまった。…まぁ、いいか。
すると、いつの間にか店の奥から戻ってきていた浜路さんがレジへ駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと!今のが、例の変わったお客さん??」
「浜路さん見てたんなら助けてくださいよ〜、しょうがないから名前教えちゃったじゃないっすか〜…」
「いいじゃない教えれば〜!イケメンだも〜ん!」
「も〜、他人事だと思って〜…あ、てか、やっぱ見たことないお客さんですか?」
「ないない!あんなかわいい子だったら忘れないもん!これをきっかけに常連さんになって、恋が始まるかもよ?」
「えぇ〜…ストーカー犯罪に巻き込まれる方が可能性として高くないっすか…?」
「いいわ〜、夢があるわ〜」
「浜路さん聞いてます?…って、はっ!!!」
閉めたばかりのレジを大急ぎで開ける。
中身は紙幣と硬貨だけ。
「どしたの、突然」
「いや、木の葉のお金なんじゃないかと思って…」
ほっとしている私に、浜路さんは首を傾げた。
20171103
出勤して、浜路さんと顔を合わせた。
「昨日はごめんね、直ちゃん。お店、大丈夫だった?」
一瞬、あの謎の男のことが頭をよぎったけど、笑顔で答えた。
「ええ。お客さんほとんど来なかったんで、問題なかったっすよ」
「よかったぁ。迷惑かけちゃって申し訳なかったわね」
「いいえ、息子さんはもういいんすか?」
「おかげさまで。薬飲ませて、熱も下がったし、今日は旦那が仕事休みで家にいるから、大丈夫よ」
「よかったっす」
浜路さんは高校生の息子さんと娘さんがいる40代のお母さんで、私と同じこの住宅地に住んでいる。
「浜路さん、お客さんでハタチ前後の茶髪でピアスしてる男の子、見たことあります?」
「どうだろ、若い子ってみんな同じようなかんじだから。そのお客さん、イケメンなの?」
「まぁ、そっすね。イケメンです」
「じゃあ忘れないわよ〜、見たことないわねぇ。その子がどうかしたの?」
「いや、ちょっと変わったお客さんだったんで…何でもないっす」
夕方。
帰宅時間と夕食時で、店内が混雑する。
レジの前に長い行列ができる。
お弁当や、ビールとおつまみなんかが飛ぶように売れていく。
やっと最後の一人の精算が終わって、ほっと一息ついた。
店内が空いて、静かになる。
カウンターの中で、レジに背中を向けていたときだった。
「こんばんは、お姉さん」
背後で声がして、振り向くと、カウンターの向こうに昨日の男が立っていた。
「い、いらっしゃいませ…」
こんなときに限って、いっつも一人…!!
浜路さんは今店の奥で仕事していた。
にこっ、と子供のような笑顔をみせる男。
今日は手に一輪の竜胆の花を持っている。
「あ…お花、綺麗ですね」
「お姉さんにあげます」
そう言って、男は竜胆の花を差し出した。
「ああ…それは、どうも…」
受け取って、どうしようか一緒迷って、シャツのポケットに挿しておいた。
「昨日に続き今日も来店していただいて、ありがとうございます」
ちょっと嫌味みたいに聞こえたかな?
そんなつもりはなかったけど、口にしてから少し後悔する。
けど、男はにっこり笑った。
「どういたしまして!」
「え〜っと…何か、お探しでしょうか…?」
昨日と同じことを言ってしまう。
世間話は苦手だ。
私の言葉に、男は、こてっと首を傾げた。
「ん〜?」
それから、何か思い出したらしく、急にはっとした。
「あっ!そうだ、名前!お姉さんの名前を聞こうと思ってたんです!昨日聞けなかったから!また忘れるとこでした」
いらんこと思い出させてしまったー!!
男は、へらん、と笑いながら、昨夜と同じように言った。
「僕の名前は舟橋天といいます。お姉さんのお名前を教えてください」
昨日に続き今日も名前を聞くために来店しているってことは、教えるまでこうやって通う気だろうか…。
もういいや…。
めんどくさいし、教えちまえ…。
「…直、です。脇阪、直」
「直さん?」
「はい」
「直さん!」
「は、はい…」
「直さん、僕、今日おでん買っていきます」
「あ、それはどうも」
男…天くんは、昆布のリボン巻き、ゆで卵、ソーセージ、はんぺんを注文した。
「大根とか、野菜はいいのかい?」
「僕、野菜食べないんです」
「あ、そう…」
精算を済ませたそばから、おでんを食べ始める。
割り箸で昆布のリボン巻きをつまみながら、天くんは笑った。
「また来ます、直さん」
「わかったから、前見て歩きな!天くん!」
は〜い、と返事しながら、店を出て行く。
出入口のチャイムが鳴った。…なんだ、ちゃんと鳴るじゃん。
てか、お客さん相手に失礼な口をきいてしまった。…まぁ、いいか。
すると、いつの間にか店の奥から戻ってきていた浜路さんがレジへ駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと!今のが、例の変わったお客さん??」
「浜路さん見てたんなら助けてくださいよ〜、しょうがないから名前教えちゃったじゃないっすか〜…」
「いいじゃない教えれば〜!イケメンだも〜ん!」
「も〜、他人事だと思って〜…あ、てか、やっぱ見たことないお客さんですか?」
「ないない!あんなかわいい子だったら忘れないもん!これをきっかけに常連さんになって、恋が始まるかもよ?」
「えぇ〜…ストーカー犯罪に巻き込まれる方が可能性として高くないっすか…?」
「いいわ〜、夢があるわ〜」
「浜路さん聞いてます?…って、はっ!!!」
閉めたばかりのレジを大急ぎで開ける。
中身は紙幣と硬貨だけ。
「どしたの、突然」
「いや、木の葉のお金なんじゃないかと思って…」
ほっとしている私に、浜路さんは首を傾げた。
20171103