直さんと天くん
程なくして駐車場にサイレンを鳴らしながらパトカーが入って来た。
裏口から店の外へ脱出した山吹さんが警察に通報してくれたおかげだ。
強盗は警察に連行されて行き、私も聴取が終わって店の外に出た。
因みに、天くんのことに関してはかなり端折って話した。
強盗の母親の幽霊が見えるんです、なんて言っても信じてもらえないだろうから。
外に出ると、山吹さん、浜路さんと菊池さん、滅多に顔を合わせないオーナーが私を取り囲んだ。
「直ちゃん!無事かい!?」
「脇阪さん、大丈夫!?怪我は!?」
「この通り、怪我は全然たいしたことないんで大丈夫です。みなさんご心配おかけしました」
「無事でよかった〜直ちゃ〜ん」
浜路さんが涙ぐみながら私の両手をぎゅっと握った。
他にも、駐車場にはサイレンの音を聞きつけて何事かと様子を見に来た近隣住民が数人集まっている。
その向こうに母の姿を見つけた。傍らには母の車が停まっている。
山吹さん達に挨拶してから、母の元へ向かった。
「来てたんだ、母さん。わざわざ車で…」
「山吹さんが家に電話してくれたの。車の方が歩いて行くより早いでしょ。そんなことより、あんた怪我は?」
「首をちょっと…でもほら、こんなちっちゃい傷だから、全然大丈夫」
「切られたの?やだ、ちっとも大丈夫じゃないじゃない…」
「このくらい怪我の内に入んないって。心配しすぎだよ。私もういい大人だし」
「心配するわよ。大人だろうがいくつになろうが、あんたは大事なうちの娘なんだから」
母の目には涙が滲んでいた。
「はい。ご心配おかけしました…」
「本当よ、もう。ほら、車乗って」
「あ、ちょっと待ってて」
少し離れた場所に立っている天くんに駆け寄る。
「天くん、今日は本当にありがとうな。天くんのおかげで命拾いしたよ」
私の言葉に天くんは首を横に振ると、手を伸ばして、私の首元に触れた。
悲しげな顔で傷をそっと撫でられる。
先程の怪我を気にしているらしい。
「直さん、これ」
天くんがジーンズのポケットから何か取り出す。
差し出された手の中にあったのは、有名な子供向けアニメのキャラクターの絵がプリントされた絆創膏だった。
思わず吹き出した。
「随分可愛い絆創膏持ってんな天くん」
「僕よく怪我するから、弟が持たせてくれたんです」
「えっ、天くん弟いるの?初耳だぞ」
そうこうしてる間に天くんが私の首の傷に絆創膏を張ってくれた。
「早く治りますように」
絆創膏の上からそっと手を当てて、祈るように瞼を閉じる天くん。
「…ありがとな」
手を伸ばして、天くんの髪を撫でた。
「あのさ、夜遅いから今晩はうちに泊まっていかない?朝になったら私が車で天くんの家まで送ってくからさ…」
私の提案に天くんは首を横に振った。
「直さんはゆっくり休んでください。ちゃんとご飯食べて、あったかくして寝てください」
静かに微笑む天くん。
いつもならそう言われて納得するのだが、今日は一人で帰したくないと思った。
強盗相手に見せた暗い目付き、私のために心を痛め涙を零す姿、まだ私を気にしている悲しげな表情、それら全てが気になっていた。
「でも、今日くらいはさ…」
「直〜?帰るよ〜?」
言いかけたその時、母が車の窓から顔を出して私を呼んだ。
「あ…」
戸惑って天くんと母の方を交互に見る私に、天くんがまた微笑む。
「行ってください。僕は大丈夫だから」
柔らかな微笑みだった。
結局それ以上は言えなくて、母の車に乗り込んだ。
天くんは静かに微笑みながら駐車場に佇み、私を見送った。
車が動き出して家路までの短い道を走る。
帰宅すると、シャワーを浴びてからベッドに倒れこんだ。
気が抜けたのか急に疲れが押し寄せてきて、猛烈な眠気に襲われる。
そりゃそうか…。
強盗に刃物向けられてんだから、疲れるに決まってるわな…。
私の日常らしくない波乱万丈な日だった…。
ベッドサイドテーブルの上に置いてある時計を見ると朝4時過ぎ。
窓の外はまだ暗く、朝日が登るのはあと2時間先だろう。
生きててよかった…。
頭の中でそう呟くと一気に眠りに飲み込まれていった。
20200129
裏口から店の外へ脱出した山吹さんが警察に通報してくれたおかげだ。
強盗は警察に連行されて行き、私も聴取が終わって店の外に出た。
因みに、天くんのことに関してはかなり端折って話した。
強盗の母親の幽霊が見えるんです、なんて言っても信じてもらえないだろうから。
外に出ると、山吹さん、浜路さんと菊池さん、滅多に顔を合わせないオーナーが私を取り囲んだ。
「直ちゃん!無事かい!?」
「脇阪さん、大丈夫!?怪我は!?」
「この通り、怪我は全然たいしたことないんで大丈夫です。みなさんご心配おかけしました」
「無事でよかった〜直ちゃ〜ん」
浜路さんが涙ぐみながら私の両手をぎゅっと握った。
他にも、駐車場にはサイレンの音を聞きつけて何事かと様子を見に来た近隣住民が数人集まっている。
その向こうに母の姿を見つけた。傍らには母の車が停まっている。
山吹さん達に挨拶してから、母の元へ向かった。
「来てたんだ、母さん。わざわざ車で…」
「山吹さんが家に電話してくれたの。車の方が歩いて行くより早いでしょ。そんなことより、あんた怪我は?」
「首をちょっと…でもほら、こんなちっちゃい傷だから、全然大丈夫」
「切られたの?やだ、ちっとも大丈夫じゃないじゃない…」
「このくらい怪我の内に入んないって。心配しすぎだよ。私もういい大人だし」
「心配するわよ。大人だろうがいくつになろうが、あんたは大事なうちの娘なんだから」
母の目には涙が滲んでいた。
「はい。ご心配おかけしました…」
「本当よ、もう。ほら、車乗って」
「あ、ちょっと待ってて」
少し離れた場所に立っている天くんに駆け寄る。
「天くん、今日は本当にありがとうな。天くんのおかげで命拾いしたよ」
私の言葉に天くんは首を横に振ると、手を伸ばして、私の首元に触れた。
悲しげな顔で傷をそっと撫でられる。
先程の怪我を気にしているらしい。
「直さん、これ」
天くんがジーンズのポケットから何か取り出す。
差し出された手の中にあったのは、有名な子供向けアニメのキャラクターの絵がプリントされた絆創膏だった。
思わず吹き出した。
「随分可愛い絆創膏持ってんな天くん」
「僕よく怪我するから、弟が持たせてくれたんです」
「えっ、天くん弟いるの?初耳だぞ」
そうこうしてる間に天くんが私の首の傷に絆創膏を張ってくれた。
「早く治りますように」
絆創膏の上からそっと手を当てて、祈るように瞼を閉じる天くん。
「…ありがとな」
手を伸ばして、天くんの髪を撫でた。
「あのさ、夜遅いから今晩はうちに泊まっていかない?朝になったら私が車で天くんの家まで送ってくからさ…」
私の提案に天くんは首を横に振った。
「直さんはゆっくり休んでください。ちゃんとご飯食べて、あったかくして寝てください」
静かに微笑む天くん。
いつもならそう言われて納得するのだが、今日は一人で帰したくないと思った。
強盗相手に見せた暗い目付き、私のために心を痛め涙を零す姿、まだ私を気にしている悲しげな表情、それら全てが気になっていた。
「でも、今日くらいはさ…」
「直〜?帰るよ〜?」
言いかけたその時、母が車の窓から顔を出して私を呼んだ。
「あ…」
戸惑って天くんと母の方を交互に見る私に、天くんがまた微笑む。
「行ってください。僕は大丈夫だから」
柔らかな微笑みだった。
結局それ以上は言えなくて、母の車に乗り込んだ。
天くんは静かに微笑みながら駐車場に佇み、私を見送った。
車が動き出して家路までの短い道を走る。
帰宅すると、シャワーを浴びてからベッドに倒れこんだ。
気が抜けたのか急に疲れが押し寄せてきて、猛烈な眠気に襲われる。
そりゃそうか…。
強盗に刃物向けられてんだから、疲れるに決まってるわな…。
私の日常らしくない波乱万丈な日だった…。
ベッドサイドテーブルの上に置いてある時計を見ると朝4時過ぎ。
窓の外はまだ暗く、朝日が登るのはあと2時間先だろう。
生きててよかった…。
頭の中でそう呟くと一気に眠りに飲み込まれていった。
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