直さんと天くん
桃瀬という男の子は、拾い上げたビニール傘をそっと閉じて、雨粒を軽く払った。
「追いかけたりしてすみませんでした。
友達にすごくよく似てたから…。
でもあいつがこんなとこにいるはずないし…人違いですね、きっと…
ほんと、すみませんでした」
そう言って、呆然と立ち尽くしている私に傘を手渡す。
私はなんとか傘を受け取ったけど、気をつけて握っていないと手の中からすり抜けてしまいそうだった。
それくらい、ショックから立ち直れていなかった。
「じゃあ、俺はこれで」
軽く頭を下げ、立ち去ろうとする桃瀬くん。
「ま、待って!」
振り向いたキョトンとした顔に無意識にこう言い放っていた。
「その友達って、今、どこで、どうしてるか、教えてくれない…?」
私の問いに、彼は何か言いかけて口を開いたけど、やめた。
代わりにある病院の名前と病室の番号だけを教えてくれた。
そして一言、行けばわかるからと。
タクシーを拾い、さっき聞いた病院の名前を運転手に伝えて、しばらくすると病院に着いた。
病室のドアの前。
部屋番号を確認する。
この部屋で間違いない。
ノックをする。
でも、返事は聞こえてこない。
ドアを静かにそっと開く。
室内に一歩足を踏み入れる。
そこで私の目に飛び込んできたのは、
ベッドの上、
呼吸機を着けた状態で
眠るように目を閉じて横たわっている
天くんの姿だった。