彼氏じゃないからできた
耳障りなチャイムで目を覚ます。


扉の向こうでわたしを呼ぶ声がする。


「サエ!サエ!」ってうるさい。


あ……そういえば彼を呼んだんだった。


机の上のスマホはしきりに緑のランプを点灯させてメッセージ受信を告げている。サイレントモードにしたから、気がつかなかった。


「ちょっと待って!」と叫ぶと、わたしは適当に化粧を済ませ(適当とはいっても30分はかかり、その間彼を車の中に待たせていたのだけれど)、彼の車の助手席に乗り込んだ。


彼はあの不健康そうな長い髪を切って、すっきりとしていた。久し振りに見ると、なんだか知らない人のように見える。別に格好よくなっているわけではない、というのが悲しいところだけれど。


「どこに行く?」と彼が聞いて、わたしは「どこか適当に。あ、海とかでいいや」と答える。彼は「海ね……」と独り言のように呟き、エンジンをかけた。


夜の街を車は走っていく。


彼はほとんど車が走っていないことをいいことにスピードを出す。窓にはわたしの疲れた顔が黒をバックにはっきりと映り、顔を近づけると、その向こうに街が見える。スピードが増すほど、その光は一本の線となって、ガラスに映るわたしの顔の向こうを通り過ぎていく。彼はほとんど何も話しかけてこない。


ただ前を見てハンドルを握って、たまにラジオのつまみをいじったり、音量を調節したりする。


この窓にはわたしと街が映っている。


こちら側と向こう側が一緒に存在している。


曖昧な景色。


その境界線はどこにあるのだろう。


そんなことを考えていた。



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