彼氏じゃないからできた
――二人とも無言のまま、車は廃墟みたいなラブホテルに入っていった。


ナイフで刺したような傷があるぼろぼろのソファーに、わたしは押し倒され、首筋にキスをされた。


頭がくらくらして、体が芯から熱くなっていた。


彼の手がわたしのどこを触っても、わたしの体のある一点に熱が集まっていき、わたしは自分がわからなくなっていく。


ベッドの軋む音が耳元で反響し、タバコの味が口の中にまとわりついて、わたしはぐるぐると快感の渦の中に落ちていった。


目の前にいる彼は一体誰なのだろう。


わたしはどうして彼氏でもない男とこんなことをしているんだろう。


そんな問いさえも、心地よさの中に溶けて、夜の甘さを増していくだけだった。


「付き合ってないのに、わたしたちセックスしちゃったね」


彼の背中に抱きつきながら、わたしは言った。


冷蔵庫にあるペットボトルの無料の水を彼と回し飲みながら、話した。


わたしは最近の怠惰な日常を話し、彼はわたしと別れてからの生活の変化を話した。


前よりもバンド活動に熱中しながら、わたしのことを必死に忘れようとしていたという。


彼はすがるような目でわたしを見つめていたけれど、わたしはそのことには触れず、タバコのことを指摘した。


またタバコを吸うようになったのはほんの一週間前だったらしく、わたしの敏感さに彼は驚いた。


「でも、なんていうか、タバコも悪くない気がするね」

「へえ、おまえもちょっとは変わったんだな」

「意外とタバコの香りがするキスもいいと思っただけよ。変わったってほどじゃない」

「変わったって、褒めてるのに。おまえって妙に、変わることを拒否するよな」

「別に……そんなことないけど」



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