生きていくこと
夜、病室で国試の勉強をしていると、コンコンとノック音が聞こえた。
「はい、どうぞ」と返事をすると、上野先生




「ことはちゃん、来たよ」




「先生、休憩中?」




「ううん、今日はもう仕事おわり。先生ほら、家に帰っても1人だし、用事ないから、ここでゆっくりしていこうかなー」




…きっと本当はやることいっぱいあるんだろうな。
「本当ですかー?……でもせっかく来てくれたからぜひ座ってください」




「ありがとね〜。お、国試の勉強か。感心だなー。」




「受験生だから。
ねえ、先生。あのね、最近お母さんが変なんです」




「んー、変って?」




「今まで、お兄ちゃんのことが一番だったのに、私をぎゅってしてあなたが大切だから、って急に言ったり。カテの説明聞いて、敏感になったり。
あ、今日拡張型心筋症だって説明あったんですけど、そのときも泣きそうだった。」




「うーん、そんなことがあったのかー。
ことはちゃんはどう思ったの?」




「だから、変だなーって。急にだから。泣きそうなお母さんみて、びっくりってというか…複雑な感じ。」




「………先生には、ことはちゃんも辛そうに見えるなあ。先生にはそう見えるだけだったらごめんよ。
でもね、辛いなら辛いって言っていいんだよ。お母さんとの今までがどうだったとか、お母さんがどう思うかじゃない。ことはちゃんが、今、どう思っているのか。
先生はそれが大事だとおもうな。
お母さんが変だってこと、先生はその場をみてないしお母さんにも会ってないから、わからないけれどね。」




……私がどう思っているか、か
「よくわからないです。
拡張型心筋症だって、うまく小康状態を保てる人もいるし、死んじゃう人もいる。それもわかってる。
不整脈とか、移植が必要になるほど重症になったらとか、一応考えてみたり。今までは死ぬ時がきたら死んじゃってもいいって思ってたけど、お母さんのこと考えたら、迷いも出てきた。
………結局私は、お母さんがどう思うかばっかり考えてるの。自分のことなのに。」




「そっかあ。ことはちゃんの心にはお母さんが棲み着いてるのかな。
お母さんのこと、考えるのは悪いことじゃないよ。
自分がどう思うかなんて、そう簡単に決められるものじゃないよね。」




「病気になったこと自体は別に気にしてないです。なったものはしょうがない。
とりあえず今は落ち着いてるし今後のことはゆっくり考えます。」




「そうか。なんかあったら先生に教えてよ。」




「はい、ありがとうございます。
あ、そうそう先生これみて。学校の友だちが面白い語呂考えたの」
話せてちょっとすっきりした。




「ほー、どれどれ?いやー、いいねえ。ぜひお友達になりたいなぁ。先生の頃もこういうのあったよ。こんど面白いの思い出したら教えるよ」




結局1時間半も病室でいろんな話をして、その日は寝ちゃった。
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