「晩秋の月だけが。」
翌朝は出陣と決まった、
…その夜更け、、、、
「火だ!!火がついたぞー!!」
「二の丸だ!!」
「高梨殿裏切り!!」
「高梨殿寝返り!!」
「殿!!」
「やられ申した…。
伊勢崎より調略の手が。」
「姫様方は?」
「こちらに移した。
安心召されい。笑」
「…殿…。」
「うむ。事、ここに及んでは、
是非も無し。城を枕に、」
「ならば、お供致す。
ちと、その前に一働き、
高梨の首など手土産に。笑」
「申し上げます。
殿、姫様が
猫殿をお呼びですが、」
襷掛けの侍女。…薙刀を。
…女までが…。
「行ってあげて下さい。
姉上がお呼びだ、笑。」
「しかし、殿、、、」
「その、殿、も、お止め下さい。
言うなれば貴方は客将だ。
有る意味対等の立場、
況してや猫殿は年上、
義房とお呼び下され。
さ、早う姉上の所へ、
今生の別れになるやも
知れません。」
闇夜に赤々と燃える二の丸。
いや、月夜だ。
月だけが見ている。
天守こそ無いが、
難攻不落と言われた、
この田舎の山城も
城内から裏切り者が出て
ここに進退、窮まった。
如何に死ぬか。
見苦しく無く男らしく。
裏切り者と呼ばれても、だ。
「姫。」
「お座り下さい。
お怪我は?お具足が
血塗れではございませんか。」
…何の香りだろう…。
いい匂いだ。
香でも焚いたのだろうか。
いつも姫から香る匂いだ…。
「二の丸の高梨殿が寝返った。
いずれ落城します。
姫様には早急に落ち延びて頂き、」
「仰る意味が判りかねます。
私も覚悟は出来ています。」
「それは…、
亡き父上も義房殿も
望んでおりますまい、
二の姫様と、落城前に、
万が一敵に囚われましても
姫様方を粗略には、、、、」
「そなた無くして
何のこの命でしょうか!
父上から、お話を
聞いていなかったとか、
今ここでお話を、、、」
「姫!!事、ここに至っては
今更、聞いても詮無き事。
…然らば、御免。」
「猫殿、今しばらく。
今生のお別れです、」
「申されますな、
姫様には生きて頂きたい。」
「なぜ?」
「………。」
「城を出ても、何も知らぬ雑兵に
捕まれば慰み物にされます。
それが無かったにせよ、
お館様の側女にされるだけです。
私の意志など関係無い。
…それでも生きろと?」
「………。」
「…そなたには、
想うている人がいますね?」
「あ、いや、、、」
「その人は
今、そなたの目の前にいます。
………、、、
…違いますか?」
「…う。」
「う?笑
猫殿、殺して下さい。
そなたと、貴方と…、
同じ場所に行きたい。」
本丸にも火が付いた様だ。
叫び声と慌ただしい足音、
敵兵を押し止め様と
お味方が必死になって…、
それは遠い場所の出来事の様に。
「姫様、殿の元に参らねば、」
「…私を、
置いて行きますか?」
「……。」
燭台に照らし出された、
姫の不安げで、緊迫した表情が
あまりにも美しく、
思わず目を逸らせた。
…煙が、、、、、
「姫、ここも刻の問題、
ならば、殿の元に、御一緒に、」
「私を、殺して。」
「姫、今は、」
「今がその時。
猫殿は、来世を信じますか?」
「…信じます。」
「ならば、
来世では、夫婦になりたい。
姫などと言う身分は邪魔です。」
「笑、解り申した、
来世ではきっと、必ず。
貴女をきっと、見つけます。」
火の手が…、、
薙刀を持った侍女が
駆け込んで来る、
「姫様!!二の姫様が!!
二の姫様、ご自害!!」
「なんと!!」
思わず立ち上がり身震いする姫、
「早う、お逃げ下さいませ、
敵の者が姫様を、
きゃー!!!!!!!」
「見つけたぞ!!!!!
貴様!!!その女を寄越せ!!
山野越前守の一の姫だな?!」
「猫殿だ!!
猫、おのれ!!
裏切り者めが!!!!」
「見つけたぞー!!
姫君と裏切り者じゃー!!」
「ああ、猫殿!!」
「姫!!!!」
「猫殿!!早く!!!
早く、私を!!!!猫殿!!!猫殿!!」
北遠の名も無き山城は
落城した。
山野越前守親子は
ある日突如として
この地の領主を裏切り滅亡した。
その経緯は誰も知らない。
いや、晩秋の満月だけが
知っている。
テーブルの上には
氷の溶けたグラスと、
空になった焼酎のボトル。
酔い潰れた客に
女が優しく呼び掛ける。
「猫さん、猫さん、
ちょっと猫さん、猫殿っ!!!笑」
「…へ?」
「もう、
いい加減に起きて下さいな?」
「…あれ??山野は??坂下は??」
「とっくに帰りましたよ?笑」
女が近付いた時、
ふと、
懐かしい香りがした。
「…里香姫?」
「あら??笑
私、本名、教えましたっけ?
ママと私で
送って行きますからね?
はい、
ちゃんと靴、履いてね?笑
今夜もお月様がキレイですよ?」
そう言って、
…その女は笑った。