宵の朔に-主さまの気まぐれ-
目が見えないと、視覚以外の感覚全てが研ぎ澄まされる。

一糸纏わぬ姿にさせられた凶姫は、朔の雨のような口付けを浴びながら問われた。


「真名を教えて」


「私は…芙蓉、と言う、の…」


上がる息の中途切れ途切れになんとかそう答えると、朔はふと考えて凶姫の耳元でくすりと笑った。


「花びらの大きい大輪の花か。朝昼夜の間で色が変わる美しい花だ。美しい女の名に相応しい真名だな」


「月…」


「朔、と呼んでみて」


今まで何度も呼ぼうとしては躊躇って呼ばずにいた朔の真名。

涙は出ないけれど、泣きそうに震える声で、朔の頬を両手で包み込んで額と額とこつんと合わせた。


「朔…」


「…うん。やっと呼んでくれた。芙蓉…」


――互いにぞくりと身体を震わせて、真名がもたらす恩恵をその身に受ける。

愛しい者に真名を呼ばれることこそが最上の時。


「朔…朔…!」


身体が重なり、身も心も真にひとつとなり、遊郭に居た頃には感じたことのなかった快楽の螺旋に捉われて、思いもよらない大きな声が出た。


「だい、じょうぶ。結界を張ってるから…」


「朔…私…あなたを死なせたくない…!」


「俺は死なない。やっとお前を抱けたから、これから死を分かつまで…絶対に離さない」


頷きながらもあまりの快楽に朔の背中に爪を立てたが、朔の吐息がすぐそこに聞こえていて、さらに上り詰める。

腹の傷は大丈夫だろうかと一瞬心配になったが、その後はもう何も考えられなくなってしまい、朔にしがみついているのが精いっぱいだった。


「芙蓉…可愛いな、お前」


朔の目に自分は可愛く映っているのだろうか?

だとすれば、可愛くさせているのは…この男だ。


…見たい。

また動けなくなってもいいから、朔の顔を見たい。


「あなたを、見たい…」


「その日は、すぐにやって来る…。芙蓉…」


――頭の中が、真っ白になった。

重たい身体を、抱きしめた。


もう離れたくない、と強く思った。
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