宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔は庭から感じる視線に何度も吹き出しそうになっていた。

ちらちらちらちら――ちらちらちらちらちら。

せわしなく感じる視線に押し負けて手招きすると矢の如くやって来て隣に陣取り、食い入るように見つめてくる雪男には事情を話さなくてはならないと分かってはいるのだが…

面白すぎてつい、反応を楽しんでしまっていた。


「で?で?で??」


「さっきから‟で”しか言ってないぞ」


「で!?そういうことに…なったのか?」


「ん、そういうことになった。というよりも、俺の粘り勝ちだったというのが正しい」


雪男、声もなく握り拳。

この男が長年嫁取り問題で気を揉んでいるのを知っていた朔は、雪男の肩を抱いてにっこり笑った。


「俺は芙蓉を嫁に貰う。だがこれはまだ誰にも言うな。輝夜とお前しか知らない。‟渡り”をやるまでは黙っていてくれ」


「お、おお、よし分かった!そんな真名なんだなあ…だけど主さま、いつも通り凶姫って呼んだ方がいいぜ。真名なんか呼び合ったら周囲にばればれだからな」


「分かってる」


長いこと生きている雪男だが、我が子のように育て、教育してきた朔がついに嫁を貰う決意をしたことはとてもとても喜ばしく、端正な顔は綻びまくって朔を苦笑させた。


「俺はともかくお前のその顔でばれるんじゃないか?」


「やっべ!だって嬉しいじゃん。自分が嫁を貰った時より嬉しいかも」


「朧に密告してやる」


慌てふためく雪男を微笑ましく見つめる。

いつもなら居間に移動するとすぐやって来る輝夜の姿がなく、首を傾げた朔だったが――その時輝夜は柚葉の部屋で談笑していた。


そして凶姫はくたびれ果てて眠ってしまっていた。


「早く治さないと」


腹の傷が癒えたら、凶姫の目を取り戻すために全力を賭す――

きっと何物よりも代えがたく、今以上に美しくなる凶姫を抱きしめるために。
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